欲望と期待とその間にある愛情

私の腰をぎゅっと抱き寄せて脚を絡めて、身動きが取れないけれどそれが私の幸せだった。あなたの鼓動を今誰よりも一番近くで聞いていて、私のこころはとても安らぐし、あなたが生きているそのことが嬉しかった。頬に優しいキスをたくさんくれて、そのくちびるが私のくちびるに移動して、あなたの背中に回した手に力がこもる。
殺しきれなかった声を手で押さえて、息が苦しくなるけど、その呼吸さえそもそもままならない。死んでしまったのではないかと思うほどの快楽は私を狂わせて、それでも情事の間に私の顔を見ないあなたのうつろな瞳で我にかえる。


「私と一緒にいるのに、他の女の子のこと考えないで。」

むっとした顔で言うとあなたは笑って私を抱きしめて頭を撫でた。

あなたの手のひらはダンスホール。きらきらとして楽しくて、あなたは私の下手な踊りを褒めて、時々けなして、そしてまた褒める。だから私は踊り続けてしまうの。


「私の顔も身体も全然好みじゃないのによく抱けるね。」
「ご飯食べてお酒飲んで、一緒にいて楽しければできるよ。」
「…私といると楽しいんだ？」
「…」
「楽しいんだ？」
「なに、そんなことで喜んじゃって。本当にチョロいね。」
「そうだよ、チョロいよ。」
「かわいいなあ」
なんて心地よくて最悪な沼なんだろう。危険だと分かっていて近づいたのは私だけれど、こんなに深く、こんなに心地のいいものだとは知らなかった。抜け出せないし抜け出す気もない。このままは嫌。でも変えることはできない。変えることは即ち終わることだから。

あなたを知れば知るほど深みにハマっていく。抜け出そうと思えば抜け出せる。そう思うけど、この沼から抜け出すのをあなたは引き止めない。それがまた悔しくてここに居座り続けようとしてしまう。せめて名残惜しさが残るくらい、時間を共にしようと思う。男心は分からないし時間をかけたら、愛情を注いだらその分返ってくる保証もない。けれど、無慈悲な人ではないから少しくらい情はわくだろうし、寂しさも残るだろう。私はそんなちっぽけなものに賭けている。

なんて情けないんだ。

あなたのにおいの残ったこのベッドで私は衝動を抑えられないし、今他の女性といることも知っているから尚更苦しい。
それでも、その奔放さがあなたらしいとすら思っていて、そのままでいてという気持ちも拭えない。

あなたがあなたでいることが何よりうれしい。
そのまま、自分の望んだ仕事をこなして、よく食べよく呑み、ほどほどに遊んで、健やかにほがらかに過ごしてほしい。


あぁ、もうこんなのは恋じゃない。


人はいづれ死ぬのよ。苦しくても楽しくてもどうせ死ぬのよ。
そそげる愛を全てそそいで、愛によく似た欲望のはけぐちにされて、それを素知らぬ顔で受け止めて、2人でくだらないことで笑うのよ。今の私の望みはそんな何でもないことだから。そんな何でもないなんの変哲もない他愛もない日常を死ぬまで続けるのよ。
相手が変わっても同じ。


ねぇ、でも、少しだけ期待してもいいかな。
背を向けた私にあなたが少しだけ手を伸ばすこと。ふとした時に、私の香水のにおいをあなたが思い出すこと。この恋が叶いますようにって少しだけ期待してもいいかな。