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ラジオ村から外が見たいのだが。

覇者ですかあ。そんな気全然ないんですけどね。

近ごろは民放局が2、3局潰れようが、ニュースとしてたいして取り上げられなくなったようです。
無論、コロナ禍で「ラジオ局どころじゃないよ」という声もあるのでしょうが。

僕がいまの会社に就職したのは1993年のことでした。
すでに当時メディアと言えば、地上波テレビ、BS放送、新聞、雑誌の末席にかろうじてラジオの居場所があったくらいで、「ニューメディア」と呼ばれていたパソコン通信やらダイヤルQ2などは、みんなが飽きたら消えるもの、という程度の認識でした。
ま、本当に飽きられちゃったけどね、Q2は。

会社員としては上司の顔色、もとい社の方針を見ながら仕事するのは当然のことですが、いつしか上司だの職場だので一喜一憂する前に「この業界は大丈夫なのか」という疑念を抱くようになりました。

ラジオ業界、特に制作畑にいると、リスナーからのメールに接したり、イベントで直接触れ合う機会が非常に多いです。「スタッフの皆さんへ」と差し入れを頂戴することもあります。
おそらくテレビ業界も新聞業界も雑誌界隈でも、これほど受け手と接することはないでしょうし、ネットにおける投げ銭とは行動原理も異なるでしょう。

この関係性はラジオにおける美徳のひとつだとは思いますが、番組にはメールも送らない、イベントに足を運ばないというリスナーも存在しています。死語になりつつありますが「サイレントリスナー」というやつです。
制作現場では、この「サイレントリスナー」をどう捉えるか、という議論が少なからず起こっていました。

例えば、ある局に個人聴取率が2パーセントの番組があるとして、エリア人口が100万人としましょう。すると統計的には、その番組に2万人のリスナーがいることになります

常連リスナーが300人いるとすれば、1万9700人のサイレントリスナーが存在します、あくまで統計的には。
300人は直接スタッフにいろんな要望を伝えることができますが、それを制作側が鵜呑みにしてしまうと、1万9700人を置いてきぼりにしてしまう、というハナシです。

僕も制作時代にはそういう議論に参加しましたが、一方で「いや、もはやそういうことじゃないのでは?」と、違和感を覚えていました。
そもそもサイレントリスナーも含めての「2パーセント」という数字が気になったからです。

働き方改革なんて言葉のない頃、準備を放送前日の、いや当日の未明まで行い、緊張の抜けない中で生放送を消化したら、その日は精魂尽き果ててオフィスの観葉植物と化していた日常でした。
そんな毎日だからこそ「自分の仕事をもっと世に広めたい」という思いは抱いていました。

しかし現実には2パーセントという数字。そしてエリアにおけるSIU(セット・イン・ユース)は高齢者が調査対象(69歳まで)をご卒業されたおかげで年々下回り、2020年現在では大都市圏でもかろうじて5パーセント台をキープといった次第です。
局を問わず、ラジオというメディアが地域のそれだけの人にしか届いてないのです。

また制作時代の末期、イベントで会ったリスナーから「業界は大丈夫なのか」と、真顔で言われたこともありました。まあそう思うよね。

そんなこんなで、僕はいつしか「ラジオを聴かない95パーセントの人は何を求めているんだろう」と考えるようになりました。

家庭内で仕事のハナシをしないのですが、理由は明快です。
妻も娘も日常的にラジオを聴かないのです。

僕に封建的な父権があれば「お前たちはお父さんの仕事に興味がないのか!」と、卓袱台をひっくり返すのかもしれませんが、逆にこのことは好都合で、彼女たちが普段何に興味があるのかリサーチできるわけです。

数年前から宣伝担当になりましたが、ラジオなんてそもそも宣伝媒体なのだから、自分のとこで広報できてラクだろうと思われるかもしれません。確かにリスナーだけ集めたいなら、いま聴いている方への告知で充分でしょう。

ただ、いかんせん他局とタッグを組んで番宣CMを大量に投下したところで、自前の公式サイトをせっせと更新したところで、世の大多数には届かないわけです。悲しいなあ。

やがてノンリスナー向けの施策として、ニュースメディアと提携して番組記事を放流するビジネスを始めることになり、コンサルタントやらデザイナーやらWeb屋さんやら、ラジオと縁のない方と話す機会が増えました。
もちろん名刺を交わした途端に「私、ラジオのファンなんです」と告られてラジオ談義に巻き込まれることもありますが。

一番楽しくて勉強になるのは「いま流行しているアレ、なんで人気なんですかね」という雑談です。同僚と話していて気づけなかった考察に出会すと「それだ!」と何かしらのヒントになったりします。

少なからず、我々電波でメシを喰う世界には「覇者」だったことをプライドとする人、あるいは今なお覇者たろうとする人もまだまだ健在です。でもそういう人たちと話していても、正直何も生まれないなと思います。

そのため最近は意識的に、身の周りのラジオ濃度を薄めていこうと考えています。宣伝にもはや「ラジオ」という文言すら入れなくていいとすら。まあそこまでは極論としても。

無論、制作や編成の大多数がそればかり考えたら問題かと思うので、ひとりくらい、はぐれ刑事純情派がいてもいいだろうという腹です。

簡単に成果を出せるものではありませんが、ノンリスナーの0.1パーセントでもラジオに振り向かせてやる!という目標があると、仕事の意義が変わってくるというものです。

ヒトもカネもない中で1000人のうち100人を捕まえるのは難易度が高そうですが、ひとりを捕まえることくらいなら、頑張ればできそうな気もします。
メソッドもまだまだ模索中ですし、知ってても他人様に教える気などないんですが。

20代の終わりに「この業界は大丈夫なのか」と思ってから、他の業種に転職する機会もないままこの歳になってしまった以上、業界がどうなろうと僕にはしがみつくしかありません。
ただこの苦境下で悲壮感に浸るより、ひとまず前向いて仕事した方が気がラクだよね、と思う次第です。

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みくばんP
ラジオ局勤務の赤味噌原理主義者。シンセ 、テルミン 、特撮フィギュアなど、先入観たっぷりのバカ丸出しレビューを投下してます。