スマホとラジオの呪縛(かなり追記)
すでにご存知の方も多いと思いますが、新放送サービス”i-dio”が、来年3月をもって放送終了となりました。
ラジオのようでラジオでないベンベン、と書くと、どうしてもあのNOTTVを想起してしまうのですが、やはり日本ではデジタル放送の新サービスが根付かないようです。
デジタルラジオの道
日本におけるラジオのデジタル化は、1992年に通信衛星を使用した48kHzのサンプリング周波数によるCS-PCM放送が最初だったと思います。
加入者が伸び悩んだこともあり、1年経ったあたりから放送事業者が次々と撤退、現在は放送衛星(CSやBS)へと移行、再編されています。
その一方で地上波テレビは、2010年代に地上デジタル放送へ完全に移行することとなりました。
空いたVHF波をどう活用するか、という電波行政において、「次はラジオの番だ」となるのは当然のことでした。
2000年代から主に関東・関西の民放ラジオ局によって、確保する帯域や方式はもちろん、コンテンツの中身、当時の放送法に抵触しない範囲での事業化スキームに至るまで議論されていました。
Brandnew J(J-WAVE)、Suono Dolce(ニッポン放送) 、OTTAVA(TBSラジオ)、超!A&G+(文化放送)など一部現存するこれらのインターネットラジオ局は、来たるべきデジタルラジオに備えて作られたものでした。
最終的にはエフエム東京・エフエム大阪などの意見と、AM各局の意見が合わず、J-WAVEを筆頭とするJFLともども離脱することとなりますが、その後AM局はFM補完放送への実現に方針を変えていきます。
反面教師
民放ラジオで決裂したVHFの有効活用は、やがて「携帯端末向けマルチメディア放送」という名称の下、新規参入が図られ、2つのサービスが始まりました。
ひとつがNOTTV、そしてもうひとつがi-dioだったわけです。ただし両者の放送時期は重なっていません。
この「携帯端末向けマルチメディア放送」に至る過程で、既存民放局以外にも商社等多数の団体が新規参入に名乗りを挙げていました。
中でもNTTドコモをバックに持つmmbiは、資金面やインフラ、端末普及において圧倒的に優位だったこともあり、いち早くNOTTVをスタートさせました。
ドコモの基地局を送信所として使用できたNOTTVは、端末メーカーへの対応も促進し、利用したければいつでも観られる環境を整備しました。
視聴に伴うトラブルといえば「バッテリーの減りが早すぎる」という程度でした。
それゆえ強引と言われた契約形態や、テレビの代替以上のものを見せられないコンテンツの質の問題が目立ってしまいました。
テレビを否定しながらテレビの代替以上になれなかった番組も多く、「視聴料を払うに値しない」という声がサービス終了まで付き纏ってしまいました。
この記事にもありますが、NOTTV事業推進の一方で、ドコモはNOTTVの観られないiPhoneの販売を展開していました。
総務省が「携帯端末向けマルチメディア放送」を構想していた頃、日本ではウィルコムのW-Zero3シリーズがほぼ唯一のスマートフォンであり、放送用に専用端末開発の可能性も示唆されていました。
登場したばかりのiPhoneがたった数年で日本を席巻するなどと、誰も予想していなかったでしょう。
スマホ戦略をめぐる右往左往が垣間見える時期でもありました。
スマホファースト
一方、NOTTVの閉局後に立ち上がったi-dioは、ハイレゾ音声配信を軸に、交通情報などのモビリティ向けサービス、行政へのV-ALERTシステムの提供など多岐に渡る差別化が図られ、また将来の可能性として映像配信や電子クーポンなどの配信も考えられていました。
これらのコンテンツやサービスが(おそらく)すべて無料提供というスキームは、ユーザーにとっても申し分なく、見せ方次第ではビジネスチャンスも広がっていたことでしょう。
しかし前述のように、事業者の予想を遥かに凌駕する勢いでスマートフォンの普及が進んでいました。
今なお高いアクセスを誇るYahoo!やGoogle、YouTubeやニコニコ動画、TwitterやFacebook、Instagramなどは、この時期より前から存在し、スマホの普及を機に強固なプラットフォームと化したサービスです。これらのサービスを利用することがスマホの購入動機になっていたとも言えます。
しかし、普及以降日本で成功していると言えるサービスは、LINEと一部のサブスクリプションビジネス程度です。
今ではパワーアプリのひとつとなったradikoは2010年3月にサービスを始めており、いま思えばこの波にギリギリ間に合ったと言えます。
「スマホを買ったら最初に入れたいアプリ」になるかどうか。
これがあらゆるプラットフォームビジネスの成否を決めるものであり、年月を経れば経るほど、そのハードルが高くなっている問題でもあります。
2010年代の前半は、いかに自社アプリで顧客を囲い込むかがテーマとなっていましたが、多額の投資と運用費に刀折れ矢尽きていくご同輩を尻目に、いかに巨大プラットフォームへ自社コンテンツを載せていくか模索する企業も増えてきました。
究極の選択
i-dioがサービスを開始したのは、上記の空気感が満ち満ちていた2016年でした。
国内メーカーの不振も手伝い、独自規格による国内専用端末の普及は絶望的であり、スマホ聴取への対応はやむを得ない状況でした。
ここでもi-dioはユーザーに新たな経済的負担をさせないよう徹しており、モニター募集の名の下、スマホ聴取を可能にするチューナーを無料で配布したところは大変評価できます。
しかし無料とはいうものの、当初から放送エリアの狭さが不安視されていました。
チューナーとスマホで聴取を試みたところ、起動に時間がかかるばかりか、肝心の放送が聴けないという声がSNSで広まってしまいました。
このネガティブな意見の噴出が、船出において大きな躓きとなったように感じます。
今さらの結果論ですが、スマホ聴取のために技術的な負荷をかけるより、もっと簡単に扱える専用端末を開発していた方が延命策になっていたのではないでしょうか。
仮に端末が高価であっても、その対価としてハイレゾ音源、ディスプレイによる二次情報を無理なく受信できていれば、技術革新によるコスト低下やそれに伴う普及促進に明るい青写真が描けていたように思います。
コアなアニソンチャンネルなどi-dioが送出してきたコンテンツにはコアなリスナーも存在していました。NOTTVに比べれば圧倒的に支持者が多く、コンテンツの有り様としては間違ってなかったはずです。
CSに倣って一部チャンネルを無料にし、全チャンネルを聴けるサブスクリプション方式をとればよかったのでは、とも思えます。
今や需給が飽和状態となったスマホメーカー自身がコンテンツホルダーと接触し、サブスクリプションサービスを新たな収入源としている時代です。
スマホにできないことを推進できる可能性のあったi-dio終了の件は、民間放送が半世紀以上守ってきた価値観、ユーザーから一円も取らない美徳が仇となってきたことを示しているような気がしてなりません。