犯罪と刑罰
本書はおそらく刑法を学んだ人は100%聞いたことのある近代刑法の名著。著者はイタリア人のチェーザレ・ベッカリーア。本書は1764年に出版されている。訳者は風早八十二・五十嵐二葉。
本書は罪刑法定主義、無罪推定、死刑・拷問の廃止など近代的な刑法のアイデアを存分に含んでいる。その発想の根底は社会契約説である。社会は欠く自然人が自分の権利を共同体に譲渡することで成立したものであり、その共同体の権限、刑罰は、その契約を根拠とするものである。ただベッカリーアはどの社会契約説、ホッブスのように万人の闘争としての自然状態か、ルソーのように幸福な自然人か、は判別としない。いろいろ混じっている感じである。ベッカリーア自身は哲学者でなく社会学者であり、功利主義者であるので、各人が自分の利益だけを考えるという前提を置きながら刑法を検討しているので、どういう自然状態を仮定としておくのかはあまり意味はないが。
本書は社会政策として刑法を考察した最初のものであると思われる。刑法は法律論として、どういう場合に有罪になるのか、慣習法との関係などはいろいろ議論されていたが、社会にとって最もよい刑法はどんなものかを検討している。ベッカリーアの検討は現代でも通じるものである。特に死刑・拷問の廃止は当時は全く受け入れられなかったが現代的にはむしろまっとうな意見であると思われる。確かに死刑にするよりも自由を奪われた姿をずっとさらし続けるほうがより刑罰に対する恐怖を抱かせ、その印象を長くするだろうという考察はその通りだと思うし、近頃動機がはっきりしない、およそ合理的とはいえず、死刑だろうが終身刑だろうがおかまいなしの奇妙な犯罪が時々報道される近頃を思いうかべると、死刑は廃止にし、終身刑(とそのパーソナル分析による犯罪抑止や社会政策への活用)のほうが効果的であろうというのは説得力がある。特に死刑廃止論者ではなかったが、はたして死刑という制度が社会政策として妥当なのか、被害者感情を踏まえても、考えさせられるものであった。(死刑廃止論者もそういうことを主張したらいいのに)
正直それほど面白いものではなかったが、少し考え方に影響を与えられた結果となった。本書は小さい章が40章くらいあり、1つの章が4ページ程度なのでちょっと時間の合間に読んだりして通読することはできるし、気になる章をピックアップして読んでもいいと思う。法学の前提知識は全く必要ないし、法律論として期待して読むなら期待外れに終わるだろう。
法学部出身者で懐かしさを感じた方がいたらぜひご一読を。