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回折対称の上昇,松本崧生(金沢大学名誉教授)

■数学月間の第3日(8.7)は表題のzoom講演が実施されました.
結晶は原子が配列して構成されており,原子を点と見做すと結晶は点の集合です.結晶の対称性(空間群で記述)は,点集合の対称性に他なりません.結晶で観測される現象の対称性には,その舞台となる結晶の対称性が反映されねばなりません(因果律).しかし,それを超える対称性を持つことを禁じているわけではありません.結晶によるX線回折という現象でも,結晶構造の点群を超えた回折対称(点群)が現れます.結晶からの散乱波は結晶構造のFourier変換であり,観測されるのは散乱振幅の絶対値の2乗(位相情報は失われる)なので,回折強度像にはかならず対称心が生じます(Friedel則).これを超えてさらに回折像の対称性が上昇することを回折対称の上昇と言います.観測された回折像の対称性を結晶構造の対称性であると信じ込むと,誤った構造解析を進めることになります.この問題は,結晶モデルとしての点集合の対称性と,点集合で定義されるベクトル集合(任意の2点を結び,そのすべての端点を原点に移動し重ねたもの)の対称性の関係と同値です.ただし,結晶は周期的構造なので点集合は有限集合を採用できますが,ベクトル集合では困難な問題が残されています.
同一のベクトル集合を持つが,異なる構造の点集合となるものをホモメトリック構造と呼びます.
図は,Patterson(1944)が提案した1次元のホモメトリック構造の例です.1次元の周期(単位胞)を長さ1の円周で表し,円周上の点配列は,1次元の周期構造モデルになっています.図には円周に沿って並んだ任意の2点の距離が書き込まれています(距離は円弧に沿って測り,弦ではありません).この2つのモデルを比較すると,ベクトル集合は同一ですが,点の配列構造は異なることがわかります.

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このような1次元構造を組み合わせて,2次元や3次元のホモメトリック構造を作れます.
1次元の8点系モデルで,ホモメトリック構造を系統的に導く講演者の研究が紹介されました.
回折対称性の上昇は,空間群の対称操作を特殊点に作用させたときの同価点集合の対称性上昇と関係があります.群の内部構造に関して,生成空間群より高い対称を示す結晶軌道をリストアップした講演者とWondratschekらの出版(1984, 2015)「結晶空間群の非特性軌道」の紹介もなされました.

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