因果律と対称性の重ね合せ★
次のような思考実験をしましょう.
正方形目のメッシュの上からインク滴を落として,インクを飛び散らしたとします.メッシュを通り抜け散乱したインクのしぶきの形は,おそらく,正方形の対称性を反映したものになるでしょう.
同様に,正3角形目のメッシュの上からインク滴を落とせば,正3角形の対称性を反映した形のインクのしぶきの形が記録されるでしょう.
これは,結晶によるX線回折を紹介するときに,私が初めにする話です.
実際のデモ実験には,マイクロフィルム上に縮小した正方形目や正三角形目やストライプ(1次元周期の例)や,様々なメッシュ・パターンを用意します.このフィルムに,レーザー・ポインターからの光を当てると,フィルムを通り抜けた光が作る回折パターンがスクリーンに映し出されます.これは,有名なラウエの実験(ただし,ラウエの実験は単色光ではありません(*注)の模擬ですが,結晶格子の周期を100A程度,X線の波長は1A程度とするなら,赤のレーザー光線(波長は650nm程度)で実験するには,X線実験での結晶周期の6,500倍ほどの周期のメッシュ・パターンが要ります.
そこで,スライド上のメッシュ・パターン(周期~0.1mm程度)を用意します.スクリーンに映るのは,スライドに記録したメッシュ・パターン(実格子)による回折(Fuourier変換)で生じた逆格子点の分布像です.スライド面に垂直にレーザー光線を入射させながら,スライドを回転させると,スクリーン投影される逆格子点のパターンも回転します.
(注)レントゲンが発見したX線が電磁波であることの証明に,硫酸銅の結晶に白色X線を当てたラウエの実験が行われました.
結晶という舞台で起こる現象の対称性には,その原因である舞台の対称性が反映されるべきである.というのがピエール・キュリーの原理です.
これは,論理の公理,因果律を適用し得られます.原因の対称性と結果の対称性が同じだと言っているのではないことに特に注意してください.
X線回折の場合は,舞台に無い対称性が,結果(回折像)に生じることがあります.位相がわからず強度だけを記録するX線回折実験で得られる回折強度像には,常に対称心が生じることは,Friedel則として知られていますが,それ以外にも舞台に存在しない対称性が結果に現れることは禁じられておらず,実際に起こります(回折対称の上昇と呼ぶ).
X線回折の対称性は,その一例ですが,一般化して「原因と結果」の対称性の関係を論じたい.しかしこれは,なかなか困難な問題です.さらに一般化して「部分と全体」の対称性の問題では,様々な困難な問題が残されています.部分は全体に対し因果関係があるとは限りません.その上,部分同士や部分と全体の相互作用の有無が結果に影響します.
対称性の重ね合わせの原理を,構造(舞台)の幾何空間で論じるのと,特性の物理量空間(物理量の変換特性)で論じるのは別の議論になります.
ピエール・キュリー(1894)は「非対称が現象を生む」といいました.
これは,特性の対称性よりも,その舞台の対称性は低い(現象を生む非対称化)という意味に解釈できます.
ピエール・キュリーの因果律に至るまでの展開は以下のようです.だんだんに条件が緩んでいく歴史がわかります:
B.Vivell(1830)
光学的対称性は,舞台(幾何学的)の対称性と正確に対応する.
F.Neumann(1850-1885)
物理的性質が,その結晶形(舞台)と同じ対称性になることがある.
W.Minnigerode(1884)
結晶の対称群は,その結晶で起こり得るすべての物理現象の対称性をもつ(各現象に共通な対称性が残り,それが現象の起こる舞台の対称性だ).
X線回折強度像の対称性には,必ず対称心が存在するので,X線回折の実験だけからは,舞台(結晶構造)の対称性は決まらない.例えば,圧電性の有無(対称心のある結晶では圧電性は生じない)を調べる実験結果を重ねると,舞台の対称性が少し絞られるなどは,この応用です.