10年前の夏

窓を開けて、網戸だけの状態にして
その窓の前でウイスキーを飲む。
おつまみはなし。氷だけのオンザロック。
部屋は真っ暗にしているが、部屋に通ずる扉は開いている。


雲がないせいか、月がとても綺麗に見える。
風も涼しくて気持ち良い。
昔の夏の夜はこれくらい気持ちが良いものだったはずなのに…気温と、匂いと、虫の鳴き声と…何か胸が締め付けられるような、遠い昔の記憶を思い起こさせてくれるような素敵なものだったはずなのに。

いつしか消えてしまった。
ただただ暑いだけの夏しかやってこなくなった。ただの諦めの季節に成り下がってしまった。

昔は良かった、思い出は美化される…
そんなものはくそくらえだ。一番大事なのは今だ。もしくは未来だ。昔を思い返して自分を憐れむくらいなら、さっさと前を向いたらどうだ? と言う人もいるだろう。
黙れ。とにかく黙れよ。
お前らの考えが合ってるか間違ってるかなんてしらない。でもとにかくその言葉を吐くこと自体は間違っている。一度黙ってくれ。


全ての気持ちが本物だ。それは確認が取れた。
しかし、人間は全ての気持ちの中でもいくつかを拾い上げて、残りはハンマーで釘を打つように潰していかないといけない。
そこをどう選択するかは、ある程度のマニュアルが用意されている。
なんでもかんでも釘を打ちつけていくわけにはいかない。もしくは全てを両手の平に拾い上げていくことも出来ない。

これから7月が来る。8月、9月と進んでいっても解放はない。おそらくそうだろうと思う。

腹を割って話すことはいくつかの歪みをもたらす。必要だと思ったからしたことでも、
後から思い返すと結局取り返しのつかないことを聞いたようにも思う。
それが苦しい。悲しいとは言わない、俺も同じだから。それだと嘘になる。

自分の中に、良心が少しだけ残っている。
正確にいうと、残っていると信じている。
これだけを頼りに、これからの季節を渡り歩いていかないといけない。

このままでは、人に優しくは出来ない。




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