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【読了記録】今月読んだ本 ~24年7月編~

あっつい


古市晃『倭国 古代国家への道』

 日本史には未だ解き明かされない部分も多いが、特に文字資料が皆無な空白の四世紀がその代表だろう。律令制度に基づいた国造りが行われた飛鳥時代では既に天皇制が確立されており、クニ同士が闘っていた時代から如何に制度が整ったのかについては謎が多い。文献資料だけでは大陸の書物や記紀を当たる他なく、それだけでも限界がある。本書では記紀などの史料、伝承などから倭国が成立していく過程を詳説した一冊である。

 今日までに至る歴代天皇も万世一系ではなく、2つの王統の対立、周辺王族から倭王を据えるなど倭王を出せうる王統、王族が複数存在したというのが面白い。現在の血縁による継承も、朝鮮半島の情勢変化や瀬戸内海沿岸における渡来人の技術権益など複数のトリガーがあっての血縁継承による王権確立だった、という部分は中々興味深い。多くの内容は過去読んだ他の書籍で表層をさらった内容だったので朧げながら記憶にはあったが、本書では記紀や伝承、地名など多角的な視点による分析が行われており、ここまで推測できるのかと感服した。もちろん推測の域を出ない部分もあるため批判的な視点で見る必要もあるが、納得感も多く日本古代史を知る上でかなり良い一冊だった。

仲村和代, 藤田さつき『大量廃棄社会 - アパレルとコンビニの不都合な真実』

 日本でリサイクルとして出された服が輸出され、現地産業を破壊したり処分に困って捨てられたりしている。そういった話を耳にしたことがあったため、この本を手に取った。衣食住と呼ばれるくらい食べ物と服は我々の生活から切り離せないものである。この一冊ではアパレルおよびコンビニ業界での廃棄の実態とその課題を浮き彫りにしている。

 結論を言えばかなり闇が深いものと言わざるを得ない。アパレル業界では廃棄する量が多すぎて、廃棄のコストが価格に実質上乗せされており、我々が服に支払っているお金が何に対しての対価かよく分からないものへとなっている。労働者の視点では縫製工場で働く外国人実習生の過酷な労働環境、給料未払いという奴隷のような扱いが問題になっている。コンビニ業界ではフランチャイズ方式の問題点や恵方巻き問題についても触れており、利益を追求する経営層と店舗での廃棄実態の差が如実に現れている。

 とても印象的だったシーンを紹介したい。アパレル業界ではブランド価値を傷つけないために処分費用がかかっても旬が過ぎた服を破砕焼却する企業もある。その際、証拠写真を取らなければならない場合もあり「日本はきっちりしてる」と評価されている、というものである。『もったいない精神』の日本が管理能力の高さを評価されてまだ使えるものを処分している皮肉さに胸が締め付けられた。

 世間ではSDGsが叫ばれているが、私としては各々の意識付けが本質だと感じており、この一冊で現実をより理解できると思った。何を思ってその服を買うのか、着られるものを捨てるのか。まずは知ること、である。

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』

 蝗害(こうがい)という言葉がある。"蝗"はバッタを指す漢字で文字通りバッタによる災害である。なお蝗の訓読みは"いなご"で、後述するが"バッタ"と"いなご"は厳密には違うものである。ニホンゴムズカシイネ。
 蝗害は主に農作物への被害が有名どころで、古くは旧約聖書にも記述があるほどの災害である。昭和期までは日本でも観測されていたが近年は殺虫剤の進歩によりあまり話題になっていないため、日本人にはあまり馴染みのないものである。しかし、アフリカでは未だ猛威を振るっているのが現状である。なにせアフリカ(本書ではモーリタニア)という平坦かつ広大な土地に加えバッタには国境がないので、バッタの大群がお構いなしに進軍するのである。殺虫剤を使えばある程度は駆逐できるがそれにも限界があるため、防除技術の発展が課題となっている。
 この問題を解決すべく単身モーリタニアへ乗り込んだ研究者こそ、本書の著者でもある前野ウルド浩太郎氏である。

 アフリカのバッタがなぜそこまで農作物を食い荒らすのかというと、相変異が関係している。これは蝗害前にバッタが「孤独相」と呼ばれる体から「群生相」と呼ばれる移動に適した体に変化するのである(この相変異が起きるのが"バッタ"、相変異しないのを"イナゴ"というらしい)。実験環境でも群生相にすることは出来るが、野生環境下でどういった条件で発生するのかは厳密には分かっておらず、この点が研究対象になっている。

 前提知識が長くなったが前野氏がバッタを倒すためにモーリタニアへと渡った後から京都大学 白眉プロジェクトの選考に至るまでが描かれている。全編通して愉快な語り口で、苦難も明るく述べているため沢山笑わせてもらった。慣れない異国の地での生活、ポスドクという立場、無職無収入という絶体絶命の危機、なんやかんやあってのフランス渡航、バッタ情報を優先して回してもらうための賄賂のやり方。著者の体験を赤裸々に語ってくれるお陰で、異国で活躍する研究者がとても身近に感じられた。何よりフィールドワークのパートが多く、様々なアクシデントをどう乗り越えるかについては必見ある。

 正直このインパクトある表紙にちょっと躊躇してしまい、中々読む機会がなかった。親交のある知人から勧められたこともあり読み始めたが、これが面白すぎて2日で読み切ってしまった。分厚いながらも濃厚なドキュメンタリーを見ている気分でスルッと読めてしまうのでおすすめしたい一冊である。ただ、バッタなどの虫の画像はたくさん出てくるのでそこだけは注意すべし。

三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

 毎月何冊か読んでる自分には当てはまらないかもしれないが、話題書ということもあり読んだ本である。内容は労働史あるいは読書史とも言えるもので、世のサラリーマンがどのような読書をしていたかが解説されている。読書史や各時代のベストセラーも述べられており面白かった。少し意外だったのは自己啓発本の流行は明治時代に輸入されたもので、今に限った話でないことである。今も昔も変わらないのかもしれない。
 
 現代では全身全霊、全力コミットしろ!という風潮が強く、企業側もその前提で仕事を振るため、ノイズの入った情報を得る時間、つまり読書をするのが難しいというのが結論である。そう考えると自分の好きな情報だけを得られるYoutubeやSNSをずっと見てしまうのも何となく分かる気がする。私も社会人なので働きながら合間合間で読書しているが、別に読書に限った話でもない。何かに全力投球なことが果たして是なのか、非常に良い問いかけがされてる本だと感じた。どうしてスマホばかり見てしまうのか、という点でも現代人の悩みを解決する一助となれる一冊である。

 読書が苦手な方には愛聴している『ゆる言語学ラジオ』の読書苦手な人へ向けた下記動画の視聴をおすすめしたい。動画でも触れられているが、プライドを持たず簡単な本から入るのも、かなり重要なので優しめの本から始めるのは非常に良い入りだと思う。

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』

 発表から90年近く経つ名作。近年も漫画化や同名のスタジオジブリ作品が発表されたことも後押しし、再び脚光が浴びている。

 皆からコペル君と呼ばれる15歳の少年、本田潤一が個性豊かな友人たちと過ごす学校生活で様々な体験をする。コペル君は思慮深く、その体験について自分の考えをまとめ叔父さんへと伝える。それを聞いた叔父さんがノートに叔父さんなりの解釈を与える。といった形式で終始語られる。
 
 元々児童文学ということもあり平易な言葉で述べられているものの、決して説教臭くなくコペル君の成長を追えるような内容となっている。むしろ15歳という成長途中のコペル君が感じた内容・悩みなどが、手に取るように汲み取れるので平易である意味は大いにある(語彙は初出時から随分と変わっているらしいが)。叔父さんが説く内容も道徳の授業で習うようなものにはなるが、それでも普遍的な重要性や良さがある。何より物語調であるからこそコペル君の体験とリンクしたより深いものへと昇華しているとさえ感じる。


7月は5冊。相も変わらず遅刻!ではでは!


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