【読了記録】今月読んだ本 ~24年6月編~
いくらなんでも暑ないですか?
エドワード・ブルック=ヒッチング(著)、藤井留美(訳)、田中久美子(日本語版監修)『世界奇想美術館 - 異端・怪作・贋作でめぐる裏の美術史』
著者が「裏の美術史案内」と語るように一般的な美術書では取り扱われないような美術史を述べた本である。『モナ・リザ』や『印象・日の出』のような美術史において重要かつ有名な絵画はよく知られるところだが、一方で美術史には本書で紹介されるような複雑怪奇な歴史もあるというのがよく分かる一冊である。
人類が芸術活動を始めたのは少なくとも4万年以上前というのが通説である。それ以上前にも種々の古代の人々の作品もあるが、「アート」と呼べるのかについて侃々諤々の論が交わされており、結論は出ていないようだ。とはいえ4万年以上となると少なくとも人類最古の文明よりも2~3万年遡ることになる。古代では性的シンボルを強調した彫刻や星に関するモチーフ、狩猟採集の様子など当時の人々にとって身近なテーマが多く見られる。そこから宗教や神話が発展していくにつれ、それらをテーマとした非常に美術活動も盛んになる。ポンペイの壁画に見られるように、紀元後に入る頃には遠近法も開発されている(とはいえ、線的・空気問わず遠近法を用いた絵画は西洋美術、特にギリシャ・ローマ文化が代表的で、世界的に見れば実は少数派である)。
本書で取り上げたテーマも多岐にわたる、性的過ぎて取り扱うのが躊躇ってしまうようなもの、中世では宙に浮く成人などの奇抜な宗教画、野菜・果物の集合体として描かれた『ルドルフ2世』、不思議なストーリーの『一角獣のタペストリー』。近代ではシュルレアリスム、アウトサイダー・アート、猿の描いた絵、日本からでは九相図や春画が紹介されていた(ちなみに私は九相図については『ぬらりひょんの孫』で知った)。もちろんここに挙げたものはごく一部である。一番最近のものではAIの描いた絵などがある。本書では紹介されていないが、レンブラントの絵を学習して新作のレンブラントを作成したという話もあるくらい話題のジャンルである。AIイラストについては日々議論が行われており注視すべきテーマでもある。
美術というのは世相をよく反映するものである。14世紀のルネサンスにおいて美術が非常に発展したのは、教会権力の世俗化や古代史の研究が発達したことを抜きには語れない。詳細は山田五郎氏が非常にわかりやすくルネサンスについて解説している動画があるのでこちらを参照してほしい。
また、ポップアートが盛んになったのもWW2後の大量消費社会の到来が背景にあり、量産される美術品が大きなテーマとなった。
以上のように時流に大きく左右される美術は現代の私達からすると不思議なものもあるが、当時は非常に真剣に考えられていたものかもしれない。全てがそうではあるとは断言できないが、野菜で人の顔を描くのも当時はそれが非常に好評だったからである。これは自論だが、もしかすると美術は受け入れる土壌が出来て初めて奇想と思わなくなるのかもしれない。土壌が変わるとまた奇想へと回帰するのではないだろうか。
本書は個々の作品についてもじっくり述べており、読み物としても大変優れているが、全編フルカラーで図版も大きいことのが読み進めて一番嬉しかったポイントである(その分、値段も張ってしまうのも宜なるかな…)。古代に象牙を尖った石でほっていた時代から幾星霜が経ち、現在ではキーボードを叩くだけで絵が描けてしまう時代へと変化している。裏の美術史について味わい、思いを馳せてみるのも悪くないのではないだろうか。
ブライアン・フェイガン(著)、東郷えりか、桃井緑美子(訳)『歴史を変えた気候大変動』
地球温暖化が叫ばれる昨今、昔はもっと涼しかったという言説がよく流れている。実際それは正しいのだが、一般的に語られるのはせいぜい100年に満たない1~3世代前の話である。それより以前の地球は温暖化の影響を抜いたとしても比較にならないほど涼しい、いや寒かったのである。なにしろ500年前、地球には小氷河期が到来していたのだ。
氷河期という言葉は様々なシーンで取り上げられるので、認知度も高いと思う。氷河期は地球史の中で何度も発生しており、直近の氷河期では我々日本人のルーツがナウマンゾウを追ってこの日本列島にやってきた(本当にナウマンゾウを追ってやってきたかについては諸説ある)。一方、小氷河期は14世紀中頃から19世紀まで続いた寒冷期である。この時期は地球全土で平均気温の低下が認められており、特に寒冷化による飢饉及び厳冬が生活に打撃を与えている。本書では記録が多く残るヨーロッパとアメリカの小氷河期に焦点を当てて、人々が如何に耐え忍んだかについて述べている(ここで小氷河期という名称自体は、小氷期の方が一般的らしいが本書の表現に統一する)。
小氷河期と聞くとなんとなく「ずっと寒かった」というイメージを持ちそうだが、実際はそうでもない。平均気温は毎年上下するもので、暖かい年もあるにはあった。だがその変動が下にずれたような状態なので、寒い年が今と比較にならないほど寒いのだ。寒さによる被害では農作物が育たない、魚の不良、氷河に村が飲み込まれるなど人々の暮らしに深くダメージを与えるものばかりである。
加えて火山噴火や太陽活動のあった年もあるので、寒い上に火山灰で日光が届かず冷夏(夏のない年とも)や日照時間不足に陥る年もあった。今でこそ備蓄はお金さえあればできるが、昔は保存技術もない。備蓄は1年持てば良い方で、飢饉が続くようであれば死者が続出してしまう。しかも農作物も育たないため、家畜も必要最低限すら持てない状況、健康状態も悪くなるため疫病も流行ると地獄のスパイラルが続いた。
気候変動は歴史を変えたのか、については「重要なファクターの一つ」だと私は思った。飢饉に備えたイギリスは発展しつつあった農法を積極的に取り入れ農業革命、その後に産業革命を成し遂げ一気に大国へと成り上がった。一方フランスでは農法の取り入れに失敗し、飢饉を招いて革命への機運が高まった。また栄養価が高く収穫量も多く、貧しい土地でも育ったジャガイモを単一栽培していたアイルランドは、ジャガイモの疫病が流行り例を見ないほどの大飢饉へとなった。(詳細は”世界史の窓”さんのジャガイモ飢饉のページに詳しい。本書を参考文献としており読み物としても素晴らしい。)
歴史と気候について深くは考えたことがなかったが、本書を通じて決して見過ごせない要因であることを再認識した。政治面ではフランス革命は勿論のこと、農業革命、あるいはジャガイモ飢饉による穀物法の廃止などがある。文化面でもストラディバリウスが小氷河期時代に育った木材を使っているため再現が難しいという話もある。当時の人達が危機に直面したように、現代も記録的な猛暑や厳冬により種々の問題が時代は移れど続出している。一部を切り出して見ると些細なものかもしれないが、俯瞰してみると大きな潮流の一つだあるのは違いない。今もなお地球史の中に我々は身を置かれているのである。
これからの気候変動についても予測は難しい。人間は自然に太刀打ちできないとされているが、それを痛感する一冊である。
高橋秀爾『カラー版 名画を見る眼I -油彩画誕生からマネまで』
高橋秀爾『カラー版 名画を見る眼II -印象派誕生からピカソまで』
続けものなのでまとめて。西洋美術の潮流を語る上で重要な作品をIでは15点、IIでは14点解説している。解説も難しい言葉は特に出てこず、美術のビの字もよくわからなくても、これらを通して読めば西洋美術史の大局は見れると思う。
Iでは北方ルネサンスを代表するヤン・ファン・エイク(本書ではファン・アイク)からマネのオランピアまで。IIでは日本人も大好きな印象派のモネからモンドリアンを取り上げている。西洋美術史については先の『世界奇想美術館』と被る点もあるので詳しくは語らないが、こちらで紹介されるのは主要な作品が主であるため知っておけば間違いないものばかりだった。
解説の中で注目したいのは、著者の切り口の多さであろう。歴史的背景や宗教的な約束ごと、作者の筆使いや色彩感覚、主題とモチーフなどあらゆる視点から作品を眺めることでより深く味わえるように仕向けている。特に宗教的な約束ごと、例えば聖人の頭にある円光や聖ヨハネの十字の杖はキリスト教観と深く根付いており、これを詳説されていたのは有り難かった。作者本人のエピソードも散りばめられているため、崇高な作品の中に垣間見える作者の俗人的な面も魅力的だった。
私自身、美術本をいくつか読んでいるが世間的に美術品を知ることのハードルがまだ高い印象がある。知人と話していても美術=難しいと直結してしまいがちで、中々美術館に行かないという人もいる。美術理論ばかり取り沙汰されている気もするが、もっと作者のエピソードやここが凄いポイントを知ることが美術を楽しむ一つのきっかけかと思う。本書も難しい専門用語はほぼ出てこないので、初学者でもライトに楽しめるはずである。何より全編カラーかつ図版も大きく掲載されているのも大きい。ぜひ本書を通じて美術の楽しさ・奥深さを知ってほしい次第である。
6月は以上4冊。月の頭には投稿したいんですがね。7月は3冊が既に確定しているのでもっと長くなるかも・・・