第1回討論会「日本の半導体産業の復活に向けて」

[本財団の新しい取り組み]
当財団は日本の将来の新しい社会的方向性をさぐるために、学術の分野、産業界の分野等の権威者とFREEでOPENな討論会を行います。

第1回の討論のテーマは「日本の半導体産業の復活に向けて」です。
この討論の担当の先生はMEMS工学の第一人者である、東北大学名誉教授の江刺正喜先生です。(開催日:6月9日(金))

討論において我々が認識すべき重要なポイント

半導体産業は日本の将来にとって不可欠な産業であること
(1)半導体産業は日本にとって最も重要な中核産業の一つ
   産業規模は10年後世界規模で150兆円以上の予測
(2)21世紀のすべての産業基盤は半導体で定まる
   日本の半導体産業は複数の分野で世界的に絶対的な優位性をもつこと

以上の観点から江刺先生との討論を開始

(Ⅰ)江刺先生の基調講演
(Ⅱ)自由討論:日本の半導体産業の復活をどうするか

ホームページでの要約
(Ⅰ)江刺先生基調講演の要約
[1]自己紹介
江刺氏は東北大学の電子工学科で1971年に大学院に進み、半導体イオンセンサのISFET(Ion Sensitive Field Effect Transistor)に関する研究を行った。これにはMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)と呼ばれる半導体微細加工技術を用い、幅0.5mmのプローブ状にして1mm程のチューブに入れ、体内で水素イオン濃度などを計測した。西澤潤一先生の研究室の装置を参考にして加工装置も製作した。ISFETは1983年に商品化されて逆流性食道炎の診断などに用いられた。1980年代は助教授として集積回路を製作した。設計やテストの環境を整備する中でプログラミングやディジタル回路を習得し、「半導体集積回路の基礎」の本も執筆した。また集積化容量型圧力センサなどを実用化した。1991年に教授となり、多くの会社から研究員を受け入れ、MEMSデバイスを製品化した。2007年頃からは高密度集積回路(LSI)をファウンドリで製作してもらい、それにMEMSを組み合わせるヘテロ集積化技術に取り組んだ。2013年に工学研究科を定年退職した後は、後継者の戸津健太郎教授を支援して、会社が人を派遣して試作開発を行う「試作コインランドリ」を実現し、開発請負を担う㈱メムス・コアにも関係している。またドイツのフラウンホーファ研究機構とのプロジェクトセンターの設立、1,000冊ほどのMEMS関連ファイルでの情報検索、サンプルなどを見れる展示室の整備などを行っている。同氏は自由度が高い一連の設備を共用し、デバイスの完成度を上げて産業化につなげることに力を入れてきた。

[2]フォトマスクパターンの一括転写技術のインパクト
1964年に米国テキサス・インスツルメンツ社の社長Patrick Haggerty氏は、集積回路の将来について「ほんの数社(五つ程度)が工業の必要全需要の90%かそれ以上を供給する。」と予測した。これはフォトマスクのパターンを一括転写する製作法が、集積回路の異常な進歩を可能にすることによる。東京大学の高木信一教授が述べているように、微細化による高集積化の進歩により、その付加価値で大きな利益がもたらされて、研究開発や設備投資が可能になり、それが繰り返される。これにより独占化が進む。現在は最小寸法3nmのパターンを形成できるが、これには波長13.5nmの極端紫外光EUV(Extreme Ultra Violet)を用いた露光装置と多重露光技術が用いられる。この露光装置はオランダにあるASML社から1台200億円ほどで売られている。TSMC社は台湾にある受託生産のファウンドリ会社であり、Morris Chang (張忠謀)氏が1987年に設立した。TSMC社は2019年からEUV露光機を導入し現在100台程保有しており、多くの企業を支え最先端技術で世界最大の売上を達成している。

[3]垂直統合型から分業型へ
Morris Chang氏は米国UCLAのCarver A. Mead氏による設計と製造を分離する案からファウンドリを発想した。以前の半導体産業では(IDM (Integrated Data Manufacturer))と呼ばれる垂直統合型により、設計と前工程(ウェハ加工)および後工程(組立・検査)を一貫して集積回路を生産していた。それが「ファブレス」による設計、「ファウンドリ」による前工程、およびOSAT (Outsourced Semiconductor Assembly and Test)と呼ばれる組立やテストの後工程に分かれて実施され、それらに使用する設計ツールや装置また材料などの企業が協力し合っている。これによってAppleやQualcommなどの情報通信企業の発展がもたらされている。

[4]集積回路の開発、少量生産のための超並列電子線描画装置について
集積回路は、マイクロプロセッサやメモリのような標準設計によるものからASIC (Application Specific IC)などの個別設計によるもの、FPGA (Field Programmable Gate Array)などユーザが機能設定できるプログラマブルICなどがある。フォトマスクを使わないでウェハ上にレーザや電子ビームでパターンを形成するマスクレス描画もあり、これは開発・少量生産に用いられる。江刺らがヘテロ集積化技術を用いてLSIによりアクティブマトリックスで1万本の電子線を制御して描画する「超並列電子線描画装置」を開発してきたのでそれを紹介した。

[5]トレンドと課題
最後にトレンドとして、世界の半導体市場の推移やメーカの売り上げ、人材やシェアなどを紹介した。3D NANDフラッシュメモリは200層ほどの積層構造を持ち、1チップでT (テラ : 10⁹)ビットほどの記憶容量を持つ。「ムーア (Moore)の法則」に従い集積回路は微細化により高密度化が進んでおり、この流れはMore Mooreと呼ばれる。これに対して半導体の加工技術を多様な方向に発展させてセンサなどに用いるMEMSなどの流れは、More than Mooreと呼ばれる。後者は多品種少量・高付加価値でシステムの重要な要素となっているが、開発やビジネスは容易ではなく、その工夫を紹介した。技術の進化やグローバル化で、1990年代初頭に米国企業は基礎研究から撤退し、日本の大企業も中央研究所を閉鎖した。欧州では公的研究機関が大学と企業の間をつないで、ニーズに応え試作品の完成度を上げて産業に結び付けるなどの努力をしている。一方米国では1982年に「スモールビジネスイノベーション開発法」がスタートし、イノベーションは自由度の高いベンチャ企業に任せる方向で新しいIT企業などを生み出してきた。組織間の壁を低くして力を発揮する仕組みや、ニーズに応えたベンチャ企業の育成など日本の新しい方向が期待される。

(Ⅱ)日本の半導体産業の復活をどうするか

(A)半導体産業の復活に向けて将来日本がとるべき研究・開発分野

この問題の明確な指針を構築するため、半導体産業のもつ具体的な基本構成を明確にして議論することが不可欠である。

(1)半導体産業の基本構成
基本構成の分野は次の4分野に総括できる。
(a)最上位の階層(第一階層)
高度な知的情報処理分野に対応する論理アーキテクチャとその実装のための完全な論理回路の設計
具体的な分野としては次のものがあげられる。
(ⅰ)高度情報処理の処理アーキテクチャ、(ⅱ)AI知的処理のアーキテクチャ、(ⅲ)高度通信処理のアーキテクチャ等があげられる
(ⅰ)に関してはインテル、アーム(ⅱ)に関してはNVIDIA、(ⅲ)に関してはクァルコム、アップル等が圧倒的な地位を占めている。
日本の企業は一社も参入していない。
ビジネス的に言えば半導体産業で最も収益率の高い分野であり、全産業分野に与えるインパクトは極めて高い。

(b)集積回路の大規模生産技術の階層(第二階層)

(c)の階層からのスペックに従った半導体回路を大量に経済的に生産する技術とその支援技術が中心となる。
この階層はファンドリー産業であり、現在台湾のTSMCが圧倒的な力を持つ。また製造システムの中心で超微細加工を可能とする製造システムとしてオランダのASMLの技術が突出している。
一方、日本の東京エレクトロンは製造技術の中で一つのpositionを保っている。

(d)最終エンドユーザー向け実装技術の階層
この階層のビジネスは後工程の産業であり、産業の多分野に亘る。System integrationのための最適化技術が求められる。

(e)半導体産業全体を支える基盤技術階層
この階層の基本的技術は、半導体を作るための(ⅰ)材料(ⅱ)加工技術である。日本はこの分野では世界的に完全に優位なpositionを持っている。

(2)(1)で述べた半導体産業の階層的産業構造の中で、中期的展望で日本がとるべき戦略を考えてみる。

(a)現在半導体産業の中で日本が絶対優位性のあるものが半導体産業の全体を支える基盤技術である。特に現在日本の材料科学の研究は世界的に見て確固たる優位性を持つ。この分野で将来にわたって日本が十分な研究開発を行い、この優位性をキープしなければならない。この分野は半導体産業の中で極めて重要な分野であるが、ビジネス見地からすればマイナーである。

(b)ビジネス的見地から見た半導体産業
現在世界における半導体メーカーの売上高ランキングは次の通りである。

1. TSMC      750(億ドル)
2. サムスン      650
3. INTEL      600
4. SKハイニックス  350
5. クァルコム     350

将来日本の半導体産業の中で一つの確固たるpositionを持つためには、第一階層,第二階層の分野に新しく参入しなければならない。
しかし現状のままでは至難の業である。
例えば、第二階層ファンドリービジネス分野に参入するには、莫大な製造のための研究投資と工場建設の投資が不可欠である。
一方、半導体製造システムの分野でオランダのASMLが成功しているように、次世代超微細加工のための新しい露光技術が研究できればこの分野で成功の可能性は多分にある。

(3)第一階層への参入の可能性
可能性を考える上で参考になるのは、NVIDIAである。同社は1993年に創立されたVenture企業である。
GPU及びAI関連のエンジンの開発で急速に伸び、2023年には時価総額が一時1兆ドルを超える会社になった。
今後、急速なAI、VR等の新しい知的情報処理の分野が急拡大するなかで、新たな高度知的アーキテクチャの開発とエンジンの提供、そしてビジネスへの展開が可能となる確率は多分にある。
一方、未踏の分野として量子computationの領域がある。
現在、量子computationの世界で有用なアルゴリズムは、因数分解しか知られていない。
もし、量子コンピュータの能力が十分に発揮できる有用な応用分野で、量子computationのためのアルゴリズムが発見できれば、大きいビジネスチャンスが創出される。

(B)人材育成の問題
日本の半導体産業復活の最も重要な原点は、優秀な人材の確保と育成である。世界の優秀な人材を獲得するために必要なことは何か。
(1)世界レベルの高度な研究・開発の環境、整備である。
例えば、半導体のための高度科学技術研究所の設置である。
この研究所を既存の大学、国研の中に設置することは色々な意味で不可能であろう。
(2)外国人研究者のための社会インフラの提供
特に重要なものが教育環境の整備である。(例えば外国人研究者の家族のため)
(3)大学における教育改革、特に大学院における高度技術者育成のための教育カリキュラムは、各大学独自の立場での設計が重要となる。
少なくとも国際レベルで通用することは必須。この中でも高度のソフトウェア技術者の養成は緊急の課題である。