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参加レポ:セックスレス30年(セックスカウンセリング研修会)後編

セックスレスの定義から30年。6月9日に開催された、日本性科学会主催セックス・カウンセリング研修会に参加。前半に引き続き、今回は後半の様子をまとめてみました。


1.ドイツ語圏のセックスレス

最初は、日本とドイツ語圏のセックスレス研究をしているオーストリア出身のパッハー・アリスさんの講演。日本のレス現象についてのパッハーさんの著書『したいけど、めんどくさい』を一昨年読んでおり、また発刊記念対談イベントにも参加したことがあります(その際の記事はこちら)。

パッハー・アリス著『したいけど、めんどくさい』(2022年)

まず、来日10数年のはずなのにほぼ日本語ネイティブなことにあらためて驚き。

ドイツのセックスレスの少なさ

ドイツで行われた統計調査(Statista2024)では、「セックスが全くない」と答えたのは、既婚者で7%、未婚者カップルで6%ということでした。日本のセックスレスの定義(1ヵ月以上セックスがない)とは質問が異なるため単純に比較はできませんが、少なくとも日本のセックスレス夫婦(およそ半数がレス)より、ドイツのレス夫婦の方が少ないことがわかります。その理由の1つとして、ドイツ語圏ではセックスが「カップル関係そのものの承認・確認」のという役割を果たしていることが挙げられました。

一方、ドイツの統計では毎年セックスレスが増えていることが報告されていたり、オーストリアのカウンセラーの書籍でも性欲低下の原因でクリニックを尋ねる男女が増えている、とのことです。

セックスレスを今後どう社会学していくのだろう?

講演中パッハーさんは、しきりに「発表の時間が足らない」と冗談ぎみに漏らしており、講演で伝えきれなかった内容が多かったようです。抄録集の記事を見直しても何が伝えきれなかったのかははっきりとしません。今まさに研究の方向性を見定めている状況なのだと思いますが、勝手ながら抄録集を読んだ上でそこを紐解いてみたいと思います。

まずドイツ語圏では、日本に比べセックスレスカップルの割合は少ない。その理由は、上に挙げたようにドイツ語圏の人々のセックスが「カップル関係そのものを確認する」意味があるからなのでしょう。しかしもしこの文化的価値観がセックスレスを左右する主な要因であれば、近年ドイツ語圏でセックスレスが増え始めていることの説明として不十分なのではないか。なぜなら文化的価値観は短期間で大きく変化するものではないからです。

そこで、2つの問いが生じます。1つ目は、現代社会でセックスレスが増える共通の要因が世界横断的にあるのではないか、それは何かということです。2つ目は、そもそも日本とドイツ語圏でのセックスレスの差異について、まだ見落としている要因、深り掘りできていない要因があるのではないか、それは何か、ということです。この2つを丁寧に切り分けてみることで、世界的なセックスレス増加の潮流と、日本におけるセックスレスの特異性の両方を、あるいは両方の重なり合いをこれから研究の土俵にあげようとしているのではないだろうか。

と直感的に書いてはみたものの、まだクリアにはなっていません。。とにもかくにも、今後のパッハーさんの研究に引き続き注目です。

2.アセクシュアルの視点からのセックスレス

アセクシュアル=「性的惹かれを経験しない人」。次は、現在博士課程でアセクシュアル等のセクシュアリティを研究中の此下千晶さんの講演です。

アセクシュアルとアロマンティック

性的惹かれの観点とは別に、「恋愛的惹かれ」(ロマンティック)という観点があり、これら2つを分けて捉えるスプリット・アトラクション・モデルという考え方が紹介されました(下図)。

『アロマンティックとアセクシュアル』
講演資料の記憶をもとに筆者が作成

性愛的恋愛的惹かれを両方とも経験するのが①、これがいわゆるマジョリティですね。マイノリティ(②③④)のうち、日本では両方ともに惹かれない④の人が多いのに対し、此下さんが以前訪れたノルウェーでは、性的惹かれのみ経験する③の人が比較的多かったのだそうです。

マスターベーションは通常レベル

興味深かったことの1つは、アセクシャルな人は他者との性行為に関心が低いものの、マスターベーションへの関心は通常のレベルと大差ないという先行研究です。性的興奮や欲求が「他者に向きにくい」と言うところがポイントのようです。

ただもう少し掘って考えてみると、性的欲求ってそもそもエロさを感じる他者(対象)ありきなのかなと思います(つまり自分だけにエロさを感じる人なんていないのではという前提)。なので、性的欲求に他者が含まれないという意味での「他者に向きにくい」というよりは、性的欲求に他者は含まれるけれども、欲求の”実現手段として”他者との性行為に向かわない、その意味で「他者に向きにくい」と言えるのではないでしょうか。

生きにくくさせる社会規範

此下さんのお話から最後に取り上げたいのは、これらマイノリティな人を生きにくくさせる社会規範についてです。

強制的性愛(Compulsory sexuality)
正常な人間であれば他者へ性的に惹かれるのが当然だとする社会規範

恋愛伴侶規範(または性愛規範性、Amatonormativity)
「ロマンティックな性愛関係こそが正常であり、人間にとって普遍的に共有された目的であり、他の関係性よりも優先されるべき」という考え方

本研修会抄録集より引用

簡単に表現してみると、人とセックスしたいのが正常だ、人に恋愛をいだくのが正常だ、という社会規範です。

セックスレスに悩む人にとってセックスレスは「解決すべき問題」です。しかし恋愛感情があるもののセックスをしたくはない人にとって、「セックスレスな関係」は尊重されるべきではないか。この言葉に頷かされました。

3.セックスカウンセリングのロールプレイ

最後はロールプレイ演習です。8人前後のグループを作り、カウンセラー役とクライアント役、残りはフィードバック(感想)役を分担します。助産師の方、精神科医の方、心理学生の方、カウンセラーの方など様々なバックグラウンドを持つ人達のグループでした。

「どなたかカウンセラー役やる人?」とファシリテータから求められると「せっかく来たし、研修だしね」と立候補、カウンセラー役を務めさせてもらいました。「できなくていいんですよね?できない方がいいですよね?」と予防線を張ることを忘れずに。

いざ、実践!

クライアント役だけにシナリオが手渡され、ロールプレイ開始。以下はロールプレイの主なやり取りです。(ク)クライアント役、(カ)カウンセラー役=私。

(ク)付き合っている彼氏に恋愛感情はあるんですが、彼からセックスを求められてもあまりする気になれないんです。友達からは彼氏がかわいそう、と言われたりして悩んでいます。
(カ)言いにくいことを話してもらいありがとうございます。〇〇さんはロマンティック・アセクシュアルというセクシュアリティをお持ちなのかもしれませんね。(当日覚えたことを早速使った)
(カ)セックスしたくないのは、彼氏とだけなのか他の人でもなのか、どうでしょうか?(この手の質問も事前説明で習った)
(ク)(ちょっと気まずい表情をしながら)うーん、他の人ともですかね。

中略。他にもいろいろ尋ねる

(カ)お話ありがとうございました。今回の目標を一緒に考えてみたいのですが、彼氏さんとの関係を良くされたいか、あるいはご自身のセックスとの向き合い方をみつめてみたいか、どうしていきましょうか。

――ようやくクライアント役がほぐれてきたところで、タイムアップ。(ここまで5分くらい)

セックスカウンセリング ローププレイの様子

フィードバックタイム

「目標を聞いて方向性を合わせようとしたのはよかった」という評価があった一方で、クライアント役の方からは「次々に聞かれてちょっと不快だった」という感想が。他の方から「そういう時は、”こういうこと聞いてもいいですか?”と前置きを入れたらよかったのでは?」との提案もいただきました。

ロールプレイの最中、”どうやってうまく解決に向かうか”ばかりが頭に浮かんできて、目の前の人、もっというと目の前の「人の心」にフォーカスできていなかったように思われます。カウンセラー本位で質問するのではなく、クライアント本位で話してもらう、という向き合い方・姿勢が大事だと身をもって学ぶ機会でした。


以上、今回は、ドイツ語圏のセックスレス、アセクシュアルの人にとってのセックスレス、ロールプレイの様子をまとめてみました。

4.所感、セックスカウンセラー資格?

いやー、オンライン参加もありましたが、今回リアルで参加したことで、研究者の方のセックスレスへの眼差しを直に感じたり、ロールプレイで学ばせてもらったり、その後の懇親会では何人かの方と繋がりを得られたり。わざわざ長野から上京した甲斐のある研修会でした。

ちなみに学会認定のセックスカウンセラーという資格制度があります。今回のような研修会と学会に何回か参加すること、学会での発表や研究論文の寄稿等が条件となっています。実は、いつかセックスレスにまつわる研究論文を書けたらなー、なんて思ってはいたので、それなら資格取得を目指してみようかな、なんて気持ちが動き始めているとこらです。

最後までお読みくださりありがとうございました。


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