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柔軟な考え方ができないと性機能が落ちるという研究
性機能の低下や満足度の欠如に悩む人は少なくありません。
多くの場合、これらの問題は身体的な要因や心理的なストレスと結びつけて考えられがちです。
しかし最近の研究では認知の仕方も深く関わっていることがわかってきました。
柔軟な考え方ができるかどうかが、性機能や性的満足度に影響するのです。
柔軟な考え方を決めるもの
ここでいう柔軟な考え方とは「認知的柔軟性」があるかということと、「エラーモニタリング」が働き過ぎていないかということです。
それぞれの意味を分かりやすく説明します。
1. 認知的柔軟性とは
認知的柔軟性とは状況の変化や新たな情報に応じて、自分の考え方や行動を適応させる能力のことです。
これは問題解決や意思決定を行う際に重要な機能であり、柔軟な思考ができることで、困難な状況でも適切に対応できるようになります。
計画通りに物事が進まない場合に別の方法を考えたり、他人の視点に立って物事を考えるといった行動が認知的柔軟性の表れです。
この能力が高い人はストレスの多い状況でも冷静に対応できたり、人間関係の中で臨機応変に振る舞うことができます。
一方、認知的柔軟性が低い場合、固定観念にとらわれたり、一つの考え方に固執しやすくなります。
この状態を「認知的硬直性」と呼びます。認知的硬直性が強いと、問題解決力が低下し、ストレスへの耐性も弱くなる傾向があります。
また、社会的な場面では相手の意図をうまく汲み取れず、対人関係のトラブルを引き起こすこともあります。
2. エラーモニタリングとは
エラーモニタリングとは自分の行動や考えが間違っていないかをチェックし、必要に応じて修正しようとする脳の働きのことです。
これは日常生活でミスを減らしたり、適切な判断を下すために不可欠な機能です。
仕事で書類を提出する前に誤字脱字を確認したり、危険な状況を回避するために注意深く行動したりする際にはこのエラーモニタリングの機能が働いています。
しかし、このエラーモニタリングの働きが過剰になると、弊害を生むことがあります。
例えば、「失敗してはいけない」と過度に考えすぎることで、緊張や不安が高まり、本来のパフォーマンスが発揮できなくなることがあります。
特に、社会不安障害や強迫性障害などではこのエラーモニタリングが過剰に働くことが指摘されています。
認知的柔軟性とエラーモニタリングが「性」に与える影響
認知的柔軟性とエラーモニタリングが、性的満足度や性機能にどのように影響するのかを調べた、ノースウェスタン大学のアリソン・レキウィッツ助教らの実験があります。
この実験ではまず、18歳から30歳までの489人(女性64%)に性的満足度、欲求、興奮、オーガズム(性的絶頂)などに関するアンケートに答えてもらいました。
その後に、頭の切り替えの速さや柔軟さ(認知的柔軟性)を調べるための課題を実施しました。
例えば「言葉を交互に言う」「パターンを変えて図形を描く」「数字と文字を交互に順番に結ぶ」といったものです。
また、エラーモニタリングを調べるために「フランカー課題」というものを行いました。これは画面に表示された矢印の列を見て、真ん中の矢印の向きを答える課題です。
このとき参加者の頭にセンサーをつけて、エラー関連陰性電位(ERN)を測定しました。
ERNは間違いを犯したときに脳内で発生する特定の電気的な反応で、「間違いを気にしやすい」「完璧主義」「不安傾向が強い」などの性格特性を持つ人ほど強く出るとされています。
実験から得られたデータを分析したところ以下のことが分かりました。
認知的柔軟性が高い人は性機能が高い
エラーモニタリングが強い人(間違いを気にしすぎる人)は性機能が低い
これらの結果は参加者の性別に関係なく、男性でも女性でも同じ傾向が見られました。
なぜ柔軟な考え方が性機能に影響するのか?
なぜ認知的柔軟性の低さと、エラーモニタリングの過剰な活性化が、性機能に影響するのでしょうか?
それぞれのメカニズムを説明します。
1. 認知的柔軟性が影響するメカニズム
認知的柔軟性の高い人は性的な場面でも自分の欲求や感情だけでなく、パートナーの気持ちやニーズにも適切に対応できます。
例えば、パートナーが新しい試みに興味を示したときや、予期せぬ出来事が起こったときでも、冷静に受け止めて臨機応変に行動できるのです。
これにより、相互のコミュニケーションが円滑になり、結果として性的満足度が高まります。
また、性行為中に生じるさまざまな感情や感覚にも適応しやすく、ネガティブな感情(緊張や不安など)が生じても、それに囚われずに再びポジティブな気分へと切り替えることができます。
このような心の切り替えの速さは性的満足度を高める重要な要素です。
一方、認知的硬直性(認知の柔軟性が低い状態)が強い人は状況の変化にうまく適応できず、一つの考えや感情に固執してしまう傾向があります。
例えば、性的な場面でうまくいかなかったことに過剰にこだわったり、パートナーの反応をうまく読み取れずに不適切な対応をしてしまうのです。
また、自分が思い描いた「理想の流れ」に固執することで、少しでも予想外のことが起こると不安やストレスを感じやすくなります。
これらの要素が積み重なることで、性的満足度が低下したり、性機能に支障をきたす可能性が高まるのです。
2. エラーモニタリングが影響するメカニズム
エラーモニタリングが強い人は性的な場面でも「自分はうまくやれているか」「失敗していないか」といった点に意識を向けがちです。
このような状態では性的な楽しさや快感に集中できず、自分の行動を外側から見つめて評価するような意識状態になります。
これを心理学では「スペクテイティング(spectatoring)」と呼びます。
スペクテイティング状態になると観客のように自分自身を観察し、「ちゃんと満足させられているか」「今の自分は魅力的に見えるか」など、批判的な目で自分を見てしまう傾向があります。
この状態に陥るとリラックスして性的な経験を楽しむことが難しくなり、緊張や不安が高まりやすくなります。
その結果、性的興奮が低下したり、オーガズムに達しにくくなるなど、性機能の低下につながるのです。
また、エラーモニタリングが過剰な人は自分が「失敗した」と感じる場面に強い不安を抱きやすく、その不安が次回の性的経験にも影響を及ぼし、パフォーマンス不安や回避行動を引き起こすことがあります。
これが慢性的になると、性的満足度の低下だけでなく、性機能障害(例えば勃起不全やオーガズム障害)を引き起こすリスクも高まります。
柔軟な考え方が性生活を豊かにする
ここまで説明したように、柔軟な考え方は性機能や性的満足度を高め、パートナーとの関係性も良好にしてくれます。
逆に、「うまくやらなきゃ」「失敗したくない」といった強迫的な思考は性機能を妨げる要因となります。
ですから、性機能の問題に悩んでいる場合、まずは自分の思考のクセに目を向けてみることが大切です。
考え方を柔軟にし、失敗を過剰に恐れないことで、性生活の質を大きく改善できる可能性があります。
心と体の両面からアプローチし、セクシャルウェルネス(性の健康)を高めましょう。
参考文献:Letkiewicz AM, Li LY, Hoffman LMK, Lieberman L, Hsu KJ, Shankman SA. (2024). Cognitive inflexibility and heightened error monitoring are related to lower sexual functioning.