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(長編小説)止まった時計を動かして ~変わりたい僕の365日~【第14章:信じる力】

祐介が提案した企画は、商店街の集客をテーマにしたイベントだった。小さな個人店が多い商店街を活気づけるため、地域住民や若い世代を巻き込む新しい試みだった。  


「みんなで作る、商店街フェスティバル!」というキャッチコピーを掲げ、チーム全員で動き出した。  


「祐介さん、このフライヤー案どうですか?」知佳が持ってきたのは、商店街の全体図とイベント内容を分かりやすくまとめたデザイン案だった。  


「いいじゃないか。これなら誰にでも分かりやすいし、親しみやすいデザインだ。」祐介は素直に感心した。  


「よかった!じゃあ、これで印刷に出しますね。」  


祐介がうなずくと、知佳は満面の笑みを浮かべてデスクへ戻った。その背中を見送りながら、祐介はふと川村のことを思い出した。  


「……川村さんだったら、もっとプロらしい意見をくれたんだろうな。」  


けれど、その考えを振り払うように、祐介は資料に目を戻した。今は目の前の仕事に集中するべきだ。  


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午後、商店街の会長と打ち合わせをするため、祐介と高田、そして知佳の3人で商店街へ向かった。  


「立林さん、本当にこんな大きなイベント、実現できると思います?」高田が心配そうに尋ねた。  


「できるさ。みんなで力を合わせれば、必ず形になる。」祐介はそう答えたが、自分自身にも言い聞かせているようだった。  


商店街に到着すると、会長の中村が出迎えてくれた。年配だが、気さくで温かみのある人柄だった。  


「いやぁ、こんな若い人たちが商店街のために動いてくれるなんて、ありがたい話だ。」  


「こちらこそ、貴重なお時間をいただきありがとうございます。」祐介は深く頭を下げた。  


打ち合わせは順調に進み、商店街側からも協力を惜しまないという言葉をもらえた。祐介たちが商店街を後にする頃には、チーム全員に少しずつ自信が芽生えていた。  


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その夜、土手道を歩く祐介の足取りは軽かった。  


「これで少し前に進めたかな。」  


独り言を漏らしながら空を見上げると、月明かりが穏やかに川面を照らしている。  


「昔は空手の試合に勝つたび、こんな気分だったな……。」  


その声は自然と少し明るくなっていた。過去の栄光は確かに遠いものだったが、それを糧にまた新しい何かをつかむことができるかもしれない、そんな気がしていた。  


イベントの準備は順調に進んでいるかに見えたが、翌日、大きな問題が発生した。  


「立林さん、大変です!」知佳が慌てた様子で駆け込んできた。  


「どうした?」  


「フライヤーの印刷業者から連絡があって、機械のトラブルで納期が遅れる可能性があるそうです。」  


「何だって?」  


予定していた配布日まで時間がない。フライヤーは商店街の住民や来場者にイベントを知ってもらうための重要なツールだ。これが間に合わないとなれば、イベント全体に影響を及ぼしかねない。  


「別の業者を探すか、フライヤーの配布計画を見直すしかないな……。」祐介は頭を抱えながら答えた。  


その日の午後、チーム全員が集まり、緊急会議が開かれた。  


「知佳、別の業者に問い合わせてみてくれ。状況次第では、フライヤーの納期を調整できるかもしれない。」  


「わかりました!」  


「高田、俺と一緒に配布スケジュールを見直そう。配布場所を絞ることで、少ない部数でも効果的に広められるようにしよう。」  


「了解です!」  


会議中、高田がふとつぶやいた。  


「でも、立林さん。こういうことってよくあるんですかね?」  


「正直、予想外のことばかりだ。でも、だからこそ面白いんだろうな。」祐介は笑ってみせたが、その表情には決意がにじんでいた。  


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数日後、知佳が別の印刷業者を見つけてくれたおかげで、フライヤーは何とか納期に間に合うことになった。配布スケジュールの変更も無事に終わり、チームの緊張はようやく和らいだ。  


「いやぁ、本当に助かったな。」高田が感謝の言葉を口にした。  


「知佳のおかげだよ。」祐介が知佳を見て言うと、彼女は少し照れたように笑った。  


「いえいえ、私一人の力じゃありませんよ。みんながいたから、乗り越えられたんです。」  


その言葉に祐介はうなずきながら、ふと自分自身を振り返った。かつての空手の試合では、勝敗は一人の力で決まると思っていた。しかし、今の自分は違う。チームで支え合うことの大切さを身をもって感じている。  


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夜、土手道を歩きながら、祐介はつぶやいた。  


「……俺も少しずつ変われているのかもしれないな。」  


空を見上げると、雲の隙間から星が瞬いている。過去の自分を否定するのではなく、それを受け入れて前に進む。それが本当の意味で「時計を動かす」ことなのかもしれない――そんな考えが頭をよぎった。  


「よし、明日も頑張ろう。」  


祐介の声は、夜の静けさの中に心地よく響いた。 


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