(長編小説)止まった時計を動かして ~変わりたい僕の365日~【第11章:迷いと希望】
冬の寒さが少し和らぎ、近所の小学校からは卒業式の練習で歌う声が聞こえてくる季節になった。祐介はオフィスの窓から、校庭に並ぶ小学生たちを見ていた。
「俺もあんな風に新しい未来に向かって進めているのかな……。」
ふと、そんなことを思った。
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今回のプロジェクトが成功したことで、祐介の評価は社内でも少しずつ上がってきていた。クライアントからも「またお願いしたい」という声が上がり、上野も祐介に新たな案件を任せる準備をしていた。
しかし、祐介の胸の内は複雑だった。
「あのプロジェクトが終わって、何かが変わると思っていた。でも、本当に変わったんだろうか。」
オフィスの隅で一人、手帳を開いてみる。そこには大学時代からの目標や夢が書き込まれていた。
「起業する」「海外で働く」「広告業界で新しいサービスを作る」
すべてが遠い夢のように思えた。
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そんな祐介に、知佳が話しかけてきた。
「祐介さん、最近元気ないですよね。」
「そう見えるか?」
「ええ。前のプロジェクトが終わったあと、なんだか考え込んでるみたいで。」
知佳は心配そうに祐介を見つめていた。
「別にそんなつもりはないけどな。ただ……俺ってこれでいいのかなって、ちょっと考えてただけだ。」
「これでいいのかって?」
知佳は首を傾げる。
「そうだな……プロジェクトが成功して嬉しいのに、それだけで満足しちゃいけない気がして。」
知佳は少し考え込んだあと、微笑んで言った。
「でも、それっていいことなんじゃないですか?満足して終わりじゃなくて、次を考えられるってことですもん。」
「次を考える、か……。」
祐介はその言葉に少しだけ救われた気がした。
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その日の夜、祐介は久しぶりに土手道を歩いていた。
「これでいいのか、か……。」
暗闇の中で、独り言が自然と口をついて出る。
「次を考えるってことは、まだ俺にはやるべきことがあるってことなのかな。」
川向かいのマンションの灯りが、ぼんやりと道を照らしている。
祐介は立ち止まり、ポケットから学生時代のメダルを取り出した。それは空手の選手権大会で優勝した時のものだった。
「この時は迷いなんてなかった。全力でぶつかって、勝つことだけを考えてた。でも、今は……。」
メダルを握りしめ、祐介は深呼吸をした。
「それでも、俺は進まなきゃいけないんだよな。」
再び歩き出した祐介の目には、迷いながらも希望を探そうとする光が宿っていた。
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次章では、新たに任された案件を通じて祐介がさらなる挑戦に向き合いながら、自分の未来への答えを模索していきます。
翌日、祐介は少し早めに出社した。オフィスにはまだ数人しかいなかったが、机に向かうと上野が声をかけてきた。
「お、立林。いいところに来た。ちょっと打ち合わせをしようか。」
「はい、分かりました。」
上野に連れられ、会議室へ入ると、プロジェクト資料の束が机の上に並んでいた。その量に、祐介は少しだけたじろいだ。
「新しい案件だ。例のクライアントが、次はもっと大きなキャンペーンを任せたいと言ってきてな。」
「そうなんですね……。」
「お前には、その中心メンバーとして動いてもらうことになる。今回の仕事で信頼を得られたのはお前の成果だ。遠慮せずに前に出ろ。」
上野の言葉に力強さを感じながらも、祐介は思わず質問を口にした。
「でも、僕で大丈夫でしょうか?」
上野は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔に変わった。
「お前、まだそんなこと言うのか?この間の案件の成果を自分で実感してないのか?」
「それは……たまたまうまくいっただけかもしれません。」
上野は笑いながら椅子にもたれかかった。
「立林、たまたま成功するなんてことはないんだよ。お前がやったことがクライアントの心に響いた。それが全てだ。」
その言葉に祐介の心の中に少しずつ自信が芽生え始めた。
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昼休み、祐介はふと気分転換に外に出ることにした。近くの公園に行き、ベンチに腰を下ろすと、携帯を取り出して画面を眺める。
川村美咲の名前が連絡先に表示されていた。仕事の連絡以外で電話をかけたことはないが、彼女の笑顔がふと脳裏をよぎった。
「……いや、やめておこう。」
そのまま携帯をしまおうとした瞬間、後ろから声をかけられた。
「祐介さん、ここにいたんですか?」
振り返ると、山本知佳が立っていた。
「なんだ、知佳か。どうしたんだ?」
「上野部長が、打ち合わせの続きをするから戻ってきてほしいって。」
「ああ、そうか。ありがとう。」
知佳はにっこりと笑った。その笑顔は、川村の落ち着いた微笑みとは対照的で、屈託のない明るさに満ちていた。
「祐介さん、また何か悩んでるんですか?」
「いや、別に悩んでるわけじゃない。ただ、考え事をしてただけだ。」
「そうですか。でも、無理しないでくださいね。」
知佳の言葉には真っ直ぐな優しさがあり、祐介は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
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夜、祐介は土手道を歩いていた。足元の道は川向かいのマンションの灯りでかろうじて見える程度だが、その暗さが逆に彼の心を静めてくれるようだった。
「新しい案件か……。」
独り言を呟きながら、祐介は空を見上げる。星はほとんど見えなかったが、冷たい空気が彼の心をクリアにしてくれるようだった。
「これでいいんだよな。少しずつでも、進めてるよな……。」
その時、ポケットの中のメダルを握りしめた。
「過去の栄光なんて言ってる場合じゃない。あの時みたいに、全力でぶつかればいいんだ。」
祐介は顔を上げ、次に進むべき道を見つめた。