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(短編小説)トンネルで消えた列車

それは静かな山間部での出来事だった。深緑に囲まれた古い鉄道トンネルを通過していた列車が、突如として姿を消した。


その日の昼過ぎ、列車は平常通り運行していた。乗客は30人ほど。駅員によると、特に異常もなく、トンネルへ入った瞬間まではごく普通の運行だったという。しかし、列車はトンネルを抜けることはなかった。


トンネルの反対側の駅で列車を待っていた駅員は、不安そうに何度も時計を確認した。数分経過しても、列車が現れない。焦った駅員は連絡を取り始めたが、どこを探しても列車の姿は見つからなかった。列車は文字通り、山中のトンネルで消えたのだ。


すぐに捜索が開始され、警察も動き出した。トンネルの両側を封鎖し、内部の捜索が行われたが、何も見つからなかった。ただ、トンネルの中で見つかったものは、無造作に転がる3台の古いガラケーだけだった。


「これが乗客のものか?」警察官の一人が手に取ったが、すでにバッテリーは切れていて、何も操作できない。3台のうち2台には擦り傷があり、まるで急いで手放されたような印象を受けた。だが、列車そのものや乗客の姿は影も形もなく、ただ空っぽのトンネルが広がっているだけだった。


その後、トンネル内部を何度も精査したが、特に異常は見つからなかった。ガラケーを解析しようとするも、データは破損しており、どの番号にかけたのか、何を撮影したのかも不明。何かが映っているかもしれないと思わせる曖昧なファイルだけが残っていたが、それも再生できなかった。


捜査は難航した。列車が消えるなど、現実離れした話だ。だが、目の前の事実として、列車も乗客も確かに消えた。トンネル内外のカメラにも異常はなく、列車が入った瞬間を映していたが、それ以降の映像には何も映っていない。警察は周囲の村や山中も捜索したが、山々の静けさに響くのは風の音と川のせせらぎだけだった。


そして、少しずつ地元の人々の間で噂が広がり始めた。


「昔から、あのトンネルはおかしいと言われていたんだよ」  

「夜になると、トンネルの中から何かが出てくるって話もあるんだ」  

「昔の列車事故で亡くなった人の霊がいるって聞いたことがあるけど…」


確かに、そのトンネルは古く、戦時中には物資輸送に使われていたという記録も残っている。しかし、それがこの事件とどう関係があるのか、誰も分からなかった。


ほとんどの捜査員が帰った日の夜、警察の一人がトンネルの出入り口付近で監視を続けていたとき、不思議な現象が起こった。トンネルの奥から微かな光が見え、風が吹き抜けるような音がしたのだ。だが、その光が近づくことはなく、音もすぐに消えた。異常を感じた捜査員はトンネルの外へ出たが、その瞬間、手元にあったガラケーの一つが突然鳴り出した。


着信画面には何も表示されていなかったが、耳を当てると、かすかに誰かが話しているような気がした。「…助けて…ここはどこだ…」そう聞こえた瞬間、ガラケーは再び静かになり、二度とその音を聞くことはなかった。


その後も警察の捜査は続けられたが、列車の行方も、ガラケーに残された謎も解けることはなかった。トンネルの中には、依然として列車の痕跡はなく、3台のガラケーだけが不気味に残されている。


事件は解決しないまま、列車も乗客も失われたままだ。やがて、警察も捜査の手を緩めざるを得なくなった。人々の記憶からこの不可解な事件が薄れていく頃、トンネルの静寂は再び元に戻った。


しかし、時折、トンネルを通る風に乗って誰かの囁き声が聞こえるという噂が、地元では今もなお語り継がれている。


その声は、もしかすると失われた列車の乗客たちの声なのかもしれない。だが、その真実を知る者はいない。

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