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(小説)安眠カフェの恋模様【第2章:カフェのマスター】

カフェ「安眠」は、まるで時間がゆっくりと流れる異空間のようだ。訪れる人々が心地よく過ごせる場所として、地元の住民に愛されている。その中心にいるのが、店のマスターである石山鷹尾だ。

鷹尾は36歳、北海道出身。彼は小さな頃からコーヒーの香りに魅了され、その道を極めるために上京した。ダンディな口ひげと整った髪型、そして深い瞳が彼の特徴だが、その見た目とは裏腹に、彼は引っ込み思案で照れ屋という複雑な性格を持っていた。

鷹尾の一日は、早朝から始まる。開店前の静かなカフェで、彼は一人でコーヒー豆を丁寧に選び、焙煎する。その作業はまるで儀式のようで、彼の真剣な表情からは、この瞬間が彼にとってどれほど重要かが伝わってくる。
「今日も美味しいコーヒーを淹れよう」と、鷹尾は独り言をつぶやきながら、コーヒーメーカーに豆をセットする。彼の手は確実で、一連の動作には長年の経験が感じられる。香ばしいコーヒーの香りが店内に広がり、鷹尾の心を落ち着かせる。

開店と同時に、常連客が次々と訪れる。彼らは皆、鷹尾の淹れるコーヒーを心待ちにしている。鷹尾はカウンター越しに笑顔で迎え、丁寧に注文を受ける。彼の言葉少なな対応も、常連客にとっては親しみを感じさせる一つの魅力となっていた。

その日、カフェ「安眠」に沢田実と吉川正治がやって来た。二人はいつものように、鷹尾のコーヒーを楽しみにしている。実がカウンターに座り、「今日はどんな豆を使っているんですか?」と尋ねると、鷹尾は少し照れながらも真剣に答えた。

「今日はエチオピアの豆です。フローラルな香りが特徴で、酸味が爽やかです」

実は興味深そうにうなずき、「楽しみです」と微笑んだ。鷹尾もまた、実の反応に心が温かくなるのを感じた。

カフェの一角には、志田玲実がいつもの席に座っていた。彼女はシナモンティーとパンプキンパイを注文し、その静かな時間を楽しんでいる。鷹尾は、彼女の存在に気づくと、内心で少し緊張してしまう。玲実に対する思いを胸に秘めながらも、どう接して良いか分からず、ただ彼女の注文をこなすだけの日々が続いていた。

「ありがとうございます、いつも」と、鷹尾は玲実に言ったが、その言葉はどこかぎこちなく、彼の照れ屋な性格が伺える。それでも、玲実は微笑んで「こちらこそ、いつも美味しいお茶をありがとうございます」と答えた。その一言で、鷹尾の心は少しだけ救われる。

実と正治は、その様子を見守りながら、「鷹尾さん、がんばれ」と心の中でエールを送る。カフェ「安眠」は、鷹尾の心の拠り所であり、彼の思いが詰まった場所だ。彼の優しさと真心が、人々を引き寄せ、癒していることを二人は知っていた。

このカフェで交わされる日々のささやかな出来事が、鷹尾にとっても、実や正治にとっても、そして玲実にとっても、かけがえのない時間となっていく。鷹尾の静かな情熱が、訪れる人々の心に深く刻まれていくのだった。


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