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(短編小説)歪んだ世界の終わり

僕は小さな飲食店の片隅に置かれている透明なグラス。普段は何気なく飲み物を注がれているけれど、それが僕にとっての人生の喜びでもあるんだ。どんな飲み物が注がれるかで、その日の僕の気分も決まる。


例えば、注がれるのがコーラだと、僕はもうテンションが上がりまくり。「ガンガン行こうぜ!」って感じで、炭酸の泡がパチパチと弾けるたびに、ガラス越しの僕の体越しに見える世界もキラキラ輝いて見えるんだ。お客さんが喉を潤す音が最高に気持ちいい。


一方で、紅茶を注がれたときは、ちょっと落ち着いて、物思いにふけることが多い。「ああ、今日はゆっくりしよう」ってね。紅茶の琥珀色が僕の内側に広がると、喫茶店の静けさがさらに深まるんだ。窓の外を行き交う人々も、どこかのんびりと見える。まるで時間が少しだけゆっくり流れているように感じるんだ。


そして、時にはお酒が注がれることもある。ワインやウイスキーが僕の体に流れ込むと、途端に気分が高揚してしまう。お客さんが飲み干す度に、僕も少しずつ酔っ払っていくんだ。「フフフ、今日は特別な夜だな」なんて、酔った頭で考える。だけど、酔いが回るとガラスの内側から見る世界も少しぼやけてきて、どこか現実感が薄れていくのが面白い。


僕が一番好きなのは、とても冷たい飲み物が注がれたときの、表面に付く水滴越しに見る外の世界だ。水滴がガラスを通して、ほんの少し歪んだ世界を映し出す。いつもとは違う角度で見える喫茶店の風景は、まるで別の場所にいるような錯覚を与えてくれるんだ。あの冷たい感触と共に、外の世界がほんのりぼやけて揺れる様子は、僕にとって最高の癒しだ。


そんなある日、冷たいオレンジジュースを注がれた僕は、今日も落ち着いた一日になるだろうと思っていた。ところが、ふとした瞬間、テーブルに座っていた子どもが手を伸ばしたときに、僕に触れてしまったんだ。


「うわっ!」と思った瞬間、僕はバランスを崩してテーブルから転がり落ちた。ゆっくりと、まるでスローモーションのように感じた時間の中で、僕は床に向かって落ちていく。最後に見えたのは、驚いた顔の親御さんと子どもの姿だった。


そして、次の瞬間、僕は床に激しくぶつかり、バラバラに割れてしまった。僕の役目はここで終わりなんだな、と感じながらも、割れたガラスの破片から見える世界は、いつものように少し歪んで、でもどこか美しく感じられた。僕はその歪んだ風景を最後に見届けながら、子どもの泣く声、親御さんが店員さんに謝る声がだんだん遠くに行ってしまって、静かに物語を終えたんだ。

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