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(長編小説)止まった時計を動かして ~変わりたい僕の365日~【第12章:新たな挑戦】
冬の寒空の下、小学校の校庭から子どもたちの元気な声が聞こえてきた。祐介が住む近所の小学校では、近々開催される音楽発表会の練習が行われているらしく、遠くから合唱の音が微かに聞こえる。それを耳にしながら、祐介はいつもの土手道を歩きながら仕事のことで頭を悩ませていた。
新しい案件の準備が本格化していた。広告キャンペーンは、商品プロモーションだけでなく、地域活性化プロジェクトも兼ねていたため、より多くのステークホルダーを巻き込む必要があった。祐介はこれまでの経験を活かして提案をまとめていたが、クライアントの期待に応えられるのか、どこかで不安がくすぶっていた。
翌朝、オフィスの会議室にはプロジェクトチームのメンバーが集まっていた。上野、知佳、藤井、そして伊藤も参加しており、白板には今回のプロジェクトの概要が書かれている。
「今回のキャンペーン、成功させるためには、各担当が連携して動く必要がある。立林、お前が全体を取りまとめてくれるな?」
上野の言葉に祐介は頷く。
「はい、責任を持ってやらせていただきます。」
「よし、頼むぞ。」
プロジェクトは地域の商店街を活用し、観光客を呼び込むことを目的としている。各商店の協力を得るための説得が重要であり、その責任者に祐介が抜擢されたのだ。
「商店街の代表と初回の打ち合わせがある。立林、知佳、藤井の3人で行ってくれ。」
「了解しました。」
祐介は内心、知佳と藤井と一緒に行けることに少し安心していた。藤井はクライアントとの折衝に長けているし、知佳の明るい性格は商店街の人々に好印象を与えるだろう。
その日の午後、祐介たちは商店街に向かった。懐かしい昭和風情の残る街並みは、どこか温かさを感じさせる。商店街の代表を務める初老の男性が店先で待っており、彼らを笑顔で迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。さ、奥でお話をしましょう。」
代表の案内で、彼らは小さな会議室に通された。祐介は準備してきた資料を広げながら挨拶を始めた。
「初めまして。今回のキャンペーンでお世話になります、立林祐介です。こちらが同僚の山本知佳と、藤井直人です。」
「よろしくお願いします!」知佳が明るく頭を下げる。
「よろしくお願いします。」藤井も笑顔を添えつつ、名刺を差し出した。
打ち合わせは順調に進んでいるかに思えたが、途中で代表が渋い顔を見せた。
「お話は分かりますが、商店街全体がこのプロジェクトに賛成するかどうかは……正直、分かりません。」
祐介はその言葉に少し緊張したが、すぐに深呼吸をして口を開いた。
「もちろん、すべての店舗にご協力いただくのは難しいかもしれません。ただ、商店街全体の魅力をアピールすることで、地域全体の活性化にも繋がると考えています。」
「ふむ……。」
代表は考え込む様子を見せたが、知佳が笑顔で声を添える。
「私たちも全力でサポートします!少しずつでも、お店の皆さんが喜んでもらえるような内容にしたいです。」
その明るさに場の空気が少し和らぎ、藤井も続ける。
「実際の成功事例もいくつかご用意していますので、後ほど詳しくお見せできればと思います。」
祐介は2人のフォローに感謝しつつ、さらに具体的な提案を続けた。代表の表情も少しずつ緩み、最終的には前向きに協力する姿勢を見せてくれた。
帰り道、祐介たちは商店街のアーケードを歩いていた。
「なんとか形になりそうですね。」知佳が嬉しそうに言う。
「ああ、まだ始まったばかりだけど、いいスタートだ。」祐介はそう答えたが、ふと藤井が口を挟んだ。
「立林、この先が勝負だぞ。商店街の人たちが本当に納得する提案を作るのは簡単じゃない。」
「分かってる。でも、みんなで力を合わせてやっていけば、きっと乗り越えられるはずだ。」
祐介のその言葉には、自分でも驚くほどの確信が込められていた。どこかで湧き上がる新たな自信。それは、これまでの経験や仲間たちの支えによって培われたものだった。
次章では、プロジェクトを進める中で、商店街の人々との予期せぬ対立やトラブルが浮き彫りになり、祐介が更なる試練に立ち向かいます。
冬の冷たい風が吹く中、祐介は商店街での打ち合わせの手応えを思い返しながら、帰り道を歩いていた。知佳や藤井のフォローがなければ、あの場は上手く進まなかっただろう。それを思うと、自分ひとりの力では限界があることを改めて実感する。
翌日から、祐介たちは商店街の各店舗を一つひとつ訪問することになった。すべての店舗がプロジェクトに賛同しているわけではなく、むしろ反対意見を持つ店主も少なくなかった。特に老舗の豆腐店を営む店主は、伝統を重んじるあまり、新しい取り組みに対して強い警戒心を抱いていた。
「商店街の活性化?そんなものは一時の流行だよ。うちは今まで通り、地元の常連さんだけを大切にすれば十分だ。」
その頑なな態度に、祐介は困惑しつつも真剣に話を聞き続けた。
「確かに、これまで通りのやり方でお店を続けることも大切だと思います。ただ、今回のプロジェクトは、常連のお客様に加えて新しいお客様も呼び込むことで、より多くの人にお店の魅力を知ってもらうきっかけになるはずです。」
店主は腕を組んで目を細めた。
「口で言うのは簡単だがな。新しい客が来たとして、うちの豆腐を本当に分かってもらえるのかどうか……。」
「もちろんです。」祐介は一歩前に出て、真っ直ぐ店主の目を見た。「新しいお客様にも、これまでの常連さんと同じように、丁寧に豆腐の魅力を伝える方法を一緒に考えたいと思っています。」
その熱意が伝わったのか、店主は少しだけ表情を和らげた。
「まあ、話くらいは聞いてやろう。」
そうして、少しずつ商店街の店舗を巻き込むことに成功していったが、プロジェクトには予想外の課題も浮上してきた。例えば、予算の問題だ。商店街全体を巻き込むイベントには思った以上に費用がかかることが判明し、計画を見直さなければならなくなった。
オフィスに戻った祐介は、プロジェクトチームのメンバーを集めて緊急会議を開いた。
「現状、予算がオーバーしています。このままだと、計画の一部を縮小せざるを得ません。」
その報告に、知佳が眉をひそめた。
「せっかく盛り上がってきてるのに、縮小なんてしたら商店街の人たちに失礼にならない?」
「それは分かってる。でも、このまま突き進んで赤字を出すわけにもいかない。」祐介の声には焦りが混じっていた。
藤井が口を挟む。
「立林、ここで焦って妥協するのは早い。もう一度予算の使い道を精査して、削れるところは削ってみよう。」
祐介は深く頷き、再度資料を見直し始めた。
その日の夜、祐介はいつもの土手道を歩いていた。暗闇に包まれる静かな道の中で、自分の独り言が小さく響く。
「……なんでこんなに上手くいかないんだろうな。」
ふと足を止めて、星の見えない冬空を見上げる。昔、空手の大会で優勝したときの歓声が頭をよぎった。あの頃の自分は、何事にも自信を持ち、挑戦を恐れなかった。それに比べて、今の自分はどうだろうか。
「もっと頑張れるはずだろ、祐介。」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、再び歩き始める。その瞳には、どこか決意の色が宿っていた。