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現在

私の旦那様はバリ人のアーティストで現在はレストランのキッチンでお仕事していて日本で暮らしています。
結婚3年目くらいまではギャラリーとセレクトショップをバリ島ウブドで営んでいて私は日本での仕事もあったので日本とバリを半分ずつという生活でした。
セレクトショップでは手作り石鹸やバリで見つけて仕入れた可愛い物などいろいろな物を販売していました。
近くに大きなホテルも出来て売り上げもあがってきたところでバリ島爆弾テロがあり観光客もいなくなってしまい、バリからいったん日本へ生活拠点を移したのでした。(いったんのつもりがこんなに長くなってしまいました。。。。。)
それからは日本でいろいろなイベントに出店してバリで作った石鹸や蜂蜜、服、雑貨、旦那様の絵などを販売していました。
しかし、私も日本での仕事が忙しくなり旦那様もインドネシアレストランでの仕事もありそのイベント出店との両立が難しくなってしまいました。

また2008年に娘を出産しましたが、先天性の心臓病で生まれ、肺の病気、白血病を発症してしまい1年と23日で天使になってしまいました。
この闘病は私にとってママでいられた苦しくて辛くて幸せな期間でした。
わがままを言って時短で仕事復も帰させてもらっていました。
オペ前の1か月だけ自宅に戻れ母乳もたくさん飲んでくれましたが、1回目のオペからはずっと病院のICUでの生活となり娘は自宅に戻ることなく亡くなりました。
娘は亡くなる時papaの腕の中でニッコリ笑って天使になりました。(この時バリで天国への祈りをしていたようです)
呼吸器が入っていたのでおしゃべりはできなかった娘だったので私がやりたいようにやっていた事が本当に良かったのかはわかりませんが、その笑顔を私達に残してくれた事が唯一の救いでした。
ICUでの闘病では信じなれないくらい自由にさせていただき、朝、夜の面会とケア、誕生日会、友達の面会、ミッキーとミニーの訪問などもさせていただきました。
その辛くて幸せな闘病についてはまた別途書かせていただきます。

娘はバリの宗教のバリヒンズー教にそってお骨は小さなココナッツの実に入れられ流されバリの海に眠っています。
海は世界中繋がっています。
日本でも海に旦那様と時々言って娘とお話をしています。

結婚して本当に22年いろいろな出来事がありました。
そんな一人の人生の出来事をひっそりとつづります。
以前の思いなど改めて心に刻みこれからのチャレンジに役立てる事が出来たらと思っています。


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