「距離」は互いの大切さの本質を鮮やかに浮かび上がらせる…★ドラマ評★【ドラマ=逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル(2021)】
人が人を想う気持ちの切なさと、想うが故のすれ違い。連続ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で描かれ、一世を風靡したこのドラマの重要な要素が、4年経って実現した続編ドラマ「逃げるは恥だが役に立つガンバレ人類! 新春スペシャル!!」ではさらに色濃く描かれた。そしてその切なさが見ていた人々の心に染みわたるのは、いま世界中の人々が感じている「距離」への呪縛と見えない脅威に対する不安にドラマが真っ向から対峙し、その先にある私たちの未来にまで優しいまなざしを向けていたからだ。4年前にこのドラマが社会現象になるのに大きな力を貸した女性の生き方や労働に対する真摯な問題提起は続編でも健在で、わずか2時間半のスペシャルドラマのスケールでは視聴者が整理しきれないほど大量に投入された。主人公のみくりと平匡が続編で向き合う妊娠と出産といった人生のステージではそうした社会矛盾が噴出しやすいこともあるだろうが、ほとんどのシーンで早急に解決されなければならない問題が提示されるのは、社会がまだまだその解決に真剣に取り組んでいないことを象徴させたともいえる。いずれにせよ、結婚してもみくりはみくりで平匡は平匡だったことへの安心感と共に、2人が夫婦としてさまざまな出来事を共に経験することで一歩も二歩も成長していくということを見届けられた達成感が大きい。「距離」は決してきずなを弱めたり互いを遠ざけたりするものではなく、むしろ互いの大切さの本質を鮮やかに浮かび上がらせるものだということを分からせてくれるとても上質な出来上がりだったように感じた。(写真はドラマ「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!」とは関係ありません。イメージです)
ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!」は2021年1月2日午後9時~11時25分にTBS系で放送された。
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独身サラリーマンの津崎平匡と津崎家に家事代行サービス業者として出入りしていた森山みくりが互いの打算によって突き進んだ「契約結婚」。そこでのさまざまな騒動と人間としての成長を経て、真に愛し合うようになったみくりと平匡が「本当の結婚」に踏み切ろうと向き合った2016年の連続ドラマ。
今回の続編では、その後、みくりの妊娠を機に再び結婚や、それにまつわるさまざまな問題に直面せざるを得なくなった姿が描かれた。
みくり(新垣結衣)と平匡(星野源)は、安易な結論を出さないまま「事実婚」的な状況を続けていたが、みくりが妊娠したことで状況は一変。入籍や姓名の選択などの決断に迫られることとなった。
ここでは、選択的夫婦別姓の論議が進んでいないことを嘆くも、現実的な解決案を選択する。
物語は妊娠確定から重いつわりの症状の描写などへと進んでいくが、そのハッピーや辛さを安易に描いていくのではなく、少しずつ違和感がたまっていく様子も繊細に描いている。
妊娠判定薬での判定結果を聴いた段階では喜ばず医師による正式認定を待とうとする平匡の「塩対応」とも取れる態度。「助ける」と言って「本来の自分の仕事ではない感」を出してくる認識のずれ。自分のいらいらが夫婦のやり取りに影響を与えてしまう平匡の余裕のなさなどがいちいち気に障り、ついには衝突へと追い込まれてしまう夫婦の姿も赤裸々に描かれる。
安易な妥協や自分よがりの「思いやり」で衝突を回避する2人ではなく、前作でも率直に互いが思っていることをぶつけ合うことで解決してきた2人らしく、物語的にもここに容赦はない。
平匡は前作でリストラの憂き目に遭っているため、新たな会社に移っているが、ここでも優秀なエンジニアとして頼りにされるものの、若めの上司、灰原(青木崇高)の中にも残っている昭和的な労働への感覚やセクハラ体質に直面する。
みくりが勤める会社は幾分進歩的だが、女性の多い職場では、産休・育休時期をずらすための「出産の順番待ち」などといったばかげた現実を見せつけられるなど、状況は甘くない。
津崎家、森山家の両親は相変わらずほっこりとしたところをみせてくれるが、前作終わりで交際をスタートさせたみくりの叔母の百合(石田ゆり子)と平匡の元同僚、風見(大谷良平)の関係は微妙なものに。
相変わらず百合の言葉には重みがある。脚本の野木亜紀子も力を入れている部分であることは間違いなく、今回は恋愛そのものよりもおひとりさま女性の人生についての所感が胸に染みる。
契約結婚にドタバタする姪のみくりたちの騒動や、自身の超年下男性との恋愛が物語の中心ではあるものの、「独り身にももっと優しい社会」を視聴者に考えさせてみせるなど、今回も社会の様々な問題への視線は鋭い。
前回話題になった「自分に呪いをかけないで」という、年上の同性を揶揄し攻撃しがちな若い女性へのメッセージは今回は男性にも向けられ、「男らしくあらねばの呪い」というせりふが登場するなど、そのメッセージが届く先は果てしなく広がっている。
沼田(古田新太)は新会社を興し、日野(藤井隆)はそこの社員に。平匡の元勤め先に残っているのは風見一人だ。百合の部下の梅原(成田凌)と前作終わりに結ばれた沼田との関係はハッピーなまま。みくりの親友、やっさん(真野恵里菜)はジャムがバカ売れ、会社も立ち上げたようだ。
それにしても、新垣は4年という時間を感じさせない奮闘ぶり。真摯な感情を表現できる女優としてだけではなく、コメディエンヌとしての評価も高い自身をさらにアップデートしていこうという意欲に満ちていて、見ていて小気味よい。
今回はその両方がうまく溶け合わさった感じで、妊娠・出産、産後と続く女性のメランコリックな感情と、平匡との間にやり取りされる幸福感に裏打ちされた感情のバイブレーションが互いに共鳴し合って視聴者に伝わりやすくなっている。
星野は今回もコミカルなシーンが出色の出来。現代的な味付けはあるものの、ベタなシーンでもほのぼのさせる実力はやはりすごい。近年、特に今年公開の映画『罪の声』で示した、感情の深い部分を露にさせる表現での演技力の向上は、コミカルな部分でも活かされている。
さらには、通常、高齢童貞もの(もちろん「逃げ恥」はそんなジャンルものではないが…)のドラマは、その男性が童貞でなくなったとたんに、キャラクターとしての根本的な魅力が減退していくものだが、まるでその純粋な魂のまま、新たに降りかかる危機に闘いを挑んでいくような趣きさえあり、視聴者を大いに惹き付けている。
石田ゆり子は、みくりを演じる新垣同様、現代の諸問題、諸テーマを一身に背負わされているような役柄に再び挑んでいるが、過度に自然体にならず、過度に作り込みすぎず、それでも偏見に満ちた「社会」と最前線で闘っているような気概が見え、百合という存在を「逃げ恥」の中でますます大きいものにしている。
古田や藤井は視聴者の期待を裏切らない圧巻の出来。今回は物語上の活躍場面が少なく目立つ場面を創り出せなかった風見役の大谷にはもう少し百合とのやり取りが観たかったと言いたいところだが、これは物語上の制約でいたし方のないところ。
みくりの兄で「余計なことを言いそうな」キャラクターのちがやを演じた細田善彦については少ない出番での使い方が巧かった。笑いの鉄則である三段落ちの手法も効いていた。
百合の旧友、花村を演じた西田尚美は、昨年ドラマ界を沸かせた「半沢直樹」の続編での役柄(開発投資銀行の帝国航空担当。通称「鉄の女」)と同様、重要なパートを担った。すっかり「ドラマでいい仕事をする女優」になっている。
主役級俳優の真野恵里菜や成田凌をわき役に置く「逃げ恥」。続編でも彼らは自身を印象付けることに成功している。さすがの存在感だ。
「ザ・ベストテン」や「情熱大陸」「プロフェッショナル 仕事の流儀」「NEWS 23」「大改造!! 劇的ビフォーアフター」「Eテレ 2355」「新世紀エヴァンゲリオン」「開運! なんでも鑑定団」「新婚さんいらっしゃい!」「関口宏の東京フレンドパーク!!」「朝まで生テレビ」へのパロディーを挟んだり、オマージュを捧げたりするなど、テレビカルチャーに対するリスペクトを具体的に示してきた「逃げるは恥だが役に立つ」のスペシャルドラマらしく、今回もNHKEテレのぬいぐるみトークバラエティー番組「ねほりんぱほりん」にみくり役のぬいぐるみが登場するシーンで新たなコラボレーションが示された。
今回、コロナ禍を取り込むかどうかはかなり議論があったのだろうと思う。
パンデミックに全く関係のない世界を描くことも容易にできるはずで、ファンの中には厳しい現実に直面している毎日を忘れるためにドラマを見るのだという人もいるはず。コロナ禍をなかったことにする、あるいはそれが起きる前の時代に設定することもできたはずだが、制作陣はそれを選択しなかった。
それは、数々の社会問題に真っ向から立ち向かってきたこのドラマではありえないことだったのだろう。
コロナ禍の真っ最中に出産、子育てをするという最も難しい条件を設定したのだ。
見逃した方が新たに見る時のためにあまり詳しくは書かないが、そのことはこのドラマの後半の大きなテーマであり、視聴後の余韻にも大きく関係してくる。
コロナによって離れ離れになる2人。妥協できないみくりの「小賢しさ(平匡によってその呪いは解かれるが…)」や「なんでも理屈で考えようとする」平匡のかたくなさで衝突ばかりしていたが、もっと大きなパンデミックという出来事で引き裂かれて初めて、互い(そして亜紅ちゃん)のかけがえのなさを知る。
リモートで何でもできてコミュニケーションもとれる時代なのに、会えない、触れられないもどかしさ。
このもどかしさを大きなエンジンとしてドラマは組み上げられていくのだ。
恋愛初期だった前回ドラマでは前面に出ていた「ムズキュン」な気持ちは今回のスペシャルではやや奥にしまい込まれている感じ。しかしそのことも、終盤にかけての展開でにじみ出てきた感がある。
今回のドラマで描かれなかったエピソードも海野つなみの原作にはあるが、連続ドラマ、スペシャルドラマで映像化して、これでほぼ原作はなくなった。
今後、もしドラマの制作が続けられるとしたら、海野が新たな新編漫画を描いてそれを野木の脚本で映像化するというのが最もオーソドックスなかたちだが、ブレーンとして海野にTBS&野木チームの中に入ってもらい、イチからドラマを立ち上げるかたちがあってもおかしくない。
なんなら現実の世界の中で「みくり&平匡」を続けてもらうというのもファンにはたまらない展開だが、それについては私たちは見守るしかない。
ひとつだけ確かなことは、次にこのドラマの新作が放送される時まで、みくりと平匡は泣いたり笑ったりしながら夫婦という毎日を生きていってくれるはずだということ。
できれば今後、お受験や子育てなど人生のさまざまな段階のステージでの夫婦の騒動をドラマ化してもらいたいもの。それは新垣と星野には酷なことかもしれないが、そこには十分な価値があることは間違いのないところ。
だがしかし、いまはそんな先のことは考えず、このような見ごたえのあるスペシャルな続編を創り出してくれたTBS、野木、海野、新垣、星野らに大きな拍手を贈りたい。
出演は、新垣結衣、星野源、石田ゆり子、大谷亮平、藤井隆、成田凌、青木崇高、古田新太、古館寛治、真野恵里菜、モロ師岡、高橋ひとみ、富田靖子、宇梶剛士ら。
ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!」は2021年1月2日午後9時~11時25分にTBS系で放送された。
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