日々を生きることがこんなにもドラマチックなのかということを教えてくれた…★ドラマ評★【ドラマ=スカーレット(2019~2020)】
「スカーレット」がついに最終話を終えた。日々を生きることがこんなにもドラマチックなのかということを教えてくれたドラマはこれまでほとんどなかったのではないか。それは何も単なる普通の日々を技巧を駆使して起伏のある物語にしたとか、斬新な作劇法を用いてドラマを刻み付けたとかいうことではない。日々を生きる中にこれほどさまざまな命題が降りかかり、時にはそれが哲学的な思考さえ呼び起こし、そしてまた多くの人々との感情の絡まり合いが大きなきずなとなって物語を動かす要素になっていくことをこのドラマは示したからではないか。そうしたことは物語づくりの原点でありながら、最近のドラマにおいては少数派だ。この「スカーレット」もまた、NHK連続テレビ小説の中では異質な作品として位置付けられていくだろうが、映像を知り尽くした戸田恵梨香が身体のすべてを使って紡ぎ出す繊細な表現や、松下洸平の一度深掘りした上で表現する自然な演技、そして感情と言葉の相関関係を誰よりもよく理解してそれらを導き出した水橋文美江の構築力が相まって、おそらくNHK連続テレビ小説の長い歴史の中に燦然と輝く忘れがたい作品となっていくだろう。
★続きは阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」で(ドラマ評は原則として有料公開ですが、今回の「スカーレット」のドラマ評に関しては、一定期間は無料で公開します)
★ドラマ「スカーレット」公式サイト
★撮影終了時写真(公式twitterより)
実はこのドラマ、主要な登場人物のほとんどが俳優としての新しい面を見せたドラマでもある。
主人公の川原喜美子を演じた戸田は特に中年以降の演技において人間の奥深さを描き出し、人物造型に冴えを見せたし、その夫となった八郎を演じた松下は男のブライドと愛情の関係をビビッドにデリケートに多彩に表現。幼なじみの照子を演じた大島優子はアイドルから抜けきらなかったこれまでの作品とは違い、関西のおばちゃん的なはっちゃけた存在感を見せつけた。同じく幼なじみの信作役の林遣都はさまざまな作品で見せてきた「とっちらかり感」のあるキャラクターをさらに増幅させ、その隙間から深い愛情を表現するという離れ業に挑んだ。喜美子の妹を演じた桜庭ななみは清純な美少女という絶対的イメージをかなぐり捨て、最も父親に似た豪快なキャラクターを創り上げた。その父親の常治を演じた北村一輝もここまで自分勝手でダメダメでそれでも愛すべき存在という完全にふり切れた役柄を獲得。信作の母を演じた財前直見の明るい弾けぶりや、喜美子の幼少時の「師」となった草間を演じた佐藤隆太が描き出した微笑みとその奥にある深い谷という草間のキャラクターも忘れがたい。とんがった役柄も多かった伊藤健太郎も喜美子と八郎の息子である武志を演じることで闘病という新たに設定されたフィールドの中で奮闘し新境地を開拓。福田麻由子や富田靖子、マギーにも少なからず新しい面が見出せる。喜美子が大阪の下宿屋で出会ったちや子を演じた水野美紀が表現したキャラクターもまったく新しいものだ。
NHK連続テレビ小説においては、その俳優が持つパブリックなイメージを借りるかたちでそれぞれの物語が成立していることを考えれば、これだけ、俳優の新しい面が見えた作品も珍しい。いやもしかしたら初めてのことかもしれない。
それは、それほどまでにこのドラマが挑戦的であったということのひとつの証左だろう。
水橋や制作陣は何も初めから「挑戦的な作品にしよう」と考えたわけではないだろう。
しかし、終わってみれば、このドラマは驚くようなことがしばしば。例えば、信楽編はこのまま続いていくのかと思われたのにあっさりと大阪に働きに出ることに。その大阪編も下宿屋で家事を極めた喜美子がさらなる新しい世界に出るのかと思われたのに、あっさりと実家の信楽に戻ってくる始末。陶芸家志望の八郎と出会い、いよいよ陶芸の世界にやってきた喜美子もその肝心の八郎との関係がうまくいかなくなり、陶芸家として成功していった過程は完全にすっ飛ばされて詳しくは描かれずじまい。
普通ならたっぷりと描かれる成功の物語が描かれないことから、このドラマは立身出世や成功の物語でないことが分かるし、女性の解放や自立の話を中心とした社会的なテーマだけの作品でもないことが分かって来る。
あくまでもその成功や節目の間にある苦悩や迷い、周囲の人々との豊かな交流こそが肝であると言いたげな内容なのだった。
普通なら放送終了後に創られるであろうスピンオフのような一編が終盤近くに組み込まれたことにも驚かされたし、最終盤になっても行く末の見えない展開にもはらはらさせられた。
すべてが異例尽くしと言ってもいい「スカーレット」。しかし「あえてドラマ作りの極北を行くのだ」というような浮ついたたかぶりは制作陣やキャストにはなく、うかがえたのは、むしろ泰然自若として自らがこのドラマで描こうとしているものに絶対的な自信を持っている様子だった。終盤に近づいていくにしたがって、それはますます揺るぎないものになった。
おそらく、それで失ったファンもいただろう。王道的な「朝ドラ(今は放送は朝だけではないので死語だが、朝ドラ的なものを求める人々を説明するためにあえて象徴的に使わせていただく)」しか受け付けない人々が例え離れていったとしても仕方がない。そういう腹をくくれるだけの覚悟が制作陣や主要キャストたちにはあったのだ。
この作品で大切にされてきたのは「人が人を思う気持ち」だ。それは当たり前のようでいて、実はとても貴重。そしてそれは関係する人の数だけ種類があって、すべてにドラマがある。
水橋をはじめとした作り手たちはそのことに早くから気付いていたのだ。
言わずと知れたことだが、このドラマの最大のテーマの一つが「女性の自立」だ。まだ女性の解放が声高に叫ばれ、男女平等の途上にあった時代を舞台にした作品だが、このドラマではそれらをはるかに超越した「自立」というものに踏み込んでいる。現代性が強く感じられるのはそのせいだろう。
先述したように、今回の作品は立身出世の一代記ではないから、喜美子の陶芸家人生だけで「女性の自立」を描こうとしているわけではない。むしろその周辺にさまざまな立場の女性を配し、それぞれの自立を示しながら、総体としてもその本質的な意味合いを感じさせるという構成がすごく活きていた。
水野が演じたちや子は記者、そして議員というキャリア変遷の過程において、もっとも分かりやすい女性の社会進出を示したし、一見旧世代に属するような大阪の荒木荘のお手伝いさんの大久保さん(三林京子)は主婦の仕事のように思われがちな「家事」をむしろプロフェッショナルな仕事として武器にしていく姿を喜美子に見せ、喜美子のその後の「核」のひとつを芽生えさせたことも、ある種の「自立」精神の発露であろう。
地元の大きな企業の社長夫人という自立とは関係なさそうな立場にいる照子(大島優子)や主婦などそれぞれの道に進んだ妹たちにもやはりそれぞれの「自立」はある。
そしてやはり物語の中央に太い幹のように横たわるのが、喜美子の人生である。
ある種の「師」を超えていく痛み、そして夫婦のきずなを断ち切ってまで進みたかった「その先」。数々の犠牲の上に成り立っていた「自立」とは言え、このドラマはそこを見事に描き切っていた。
「スカーレット」が異質と言われるのは、物語の描き方にも理由がある。
戦災、父親の事業失敗、引っ越し、貧困、出稼ぎ、失業の危機、不倫されそうな危機、陶芸家として超えられぬ壁、離婚、孤独、肉親の不幸と、喜美子の人生は苦難の連続。まさに波乱万丈の人生なのだが、「非日常」とでも言えるそれぞれの危機そのものを直接描く場面は少なく、それとそれをつなぐ部分、つまり「日常」をとても丁寧に描くことで、喜美子の人生を浮き彫りにしているのだ。
その普通の日々は、危機においての「強さ」を喜美子の中に醸成する時間でもある。
ジェットコースターのような物語でなければ物語ではないと考える方にとっては受け入れられないことだろうが、「スカーレット」はそこをやり遂げているのだ。
戸田が女優としての華やかな美しさや愛くるしさを持っている一方で、麻やコットンのような自然な手触りの肌感を持った表現者であることは、水橋や制作陣が選んだこの「日常」を描く物語というフィールドによくフィットし、より大きな効果を生むことにつながっている。
「ライアーゲーム」や「SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜」シリーズなどのドラマや『デスノート』などの映画で「非日常」に突き落とされるキャラクターを演じることが多かった戸田だが、「スカーレット」での日常を表現する演技で、表現の幅は果てしなく広がったはずで、今回の作品が戸田の今後の女優人生にとって、大きなエポックメイキングとなることは間違いないだろう。
「スカーレット」は皮膚感覚に訴える作品でもある。
信作や照子との友情関係においてもそれは描かれるが、最もそれが如実に出ているのが、家族との関係においてだ。
丸熊陶業にやって来た八郎と出会い、恋に落ち、結婚へと至る過程において、陶芸の教えを乞うていて触れ合う手の感触や、喜美子の髪をかき上げる八郎の手の感触。その八郎と一緒に暮らせなくなったことを息子の武志に伝えるシーンでのぎゅっと抱きしめる、あるいは抱きしめられる感触と互いの温もり。
その繊細でオーガニックな感覚はドラマの核をなしていると言ってもよく、それをNHK連続テレビ小説でやり切ったことにも大きな意味がある。
八郎の強さと弱さ双方から来る優しさにもその皮膚感覚への訴えは感じられ、ドラマそのものを包み込んでいた。
関西を舞台にしたNHK連続テレビ小説でいつも問題になるのは、登場人物が話す関西弁のイントネーションだ。新人に近い若手が抜擢された作品では、関西以外の出身者ならほぼ絶望的。演技力でカバーすることもできず、関西の視聴者は天を見上げるばかり。
しかし今回の「スカーレット」では兵庫県出身の戸田恵梨香と滋賀県出身の林遣都、大阪府出身の北村一輝ら関西ネイティブの俳優をドラマの中心に配し、周囲の人間にも極端に不自然な関西弁を話す俳優はいなかった。
特にドラマの自然さに貢献したのは松下洸平(東京都出身)と大島優子(群馬県出身)だ。大島はやや大げさにあけっぴろげな関西弁だが、そのキャラクター造型とも相まって視聴者には心地よく響く。そして松下は本当に関西生まれであるかのような非の打ちどころのない関西弁を駆使するまでに成長を遂げていて、安心感があふれていた。
共に音やリズムを感じ取る「耳」があることは、2人が音楽界の人間でもあるということとも深く関係しているだろう。
NHK連続テレビ小説には数え切れないほどの出演者がおり、さまざまなキャラクターが登場するのだが、いつもに増してキャラクタが豊富だったのも「スカーレット」の特徴だ。
家族や幼なじみ、信楽の人々だけでなく、大阪に行っての荒木荘の人々や市井の人間たち、信楽に戻っての丸熊陶業の人々。草間さんや深野心仙師匠など、その時々の師となる人々も重要だ。武志が病気になってから出会った人たちも忘れがたい。
だから近年作られることの多くなったスピンオフドラマにも期待が高まる。
それは信作夫婦の第2弾なのか、長崎から戻ってくるかもしれない八郎と喜美子の新しい人生(実現してほしいが、それはもうスピンオフではなく、本編の続編だ…)なのか、それは誰にも分らないが、最近は意表を突いたスピンオフも制作されており、期待を持って待っていてもいいかもしれない。
なお、当ブログでは、演劇の世界で努力と研鑽を重ねてきた松下洸平さんをエンタメ批評家として追い掛けて来たわたくし阪清和がその魅力に迫った分析記事「【Focus】 注目度急上昇の松下洸平、8年前から追い掛けてきた批評家から見たその魅力(2019)」を昨年末に掲載しています。この記事は既にコアな読者が2万人を突破するなど、ファンの方から大注目の記事になりました。
またわたくし阪清和と当ブログが主催しているドラマ賞「SEVEN HEARTS ドラマ大賞2019 」で、ドラマ「スカーレット」を最優秀作品賞に、松下洸平さんを最優秀助演男優賞に選んでおり、その発表記事も掲載しています。
どちらも既に、「スカーレット」ファンや松下洸平さんのファンの方々に幅広く読んでいただいておりますが、すべての放送回が終了したこの時点であらためてお読みいただければ幸いです。分析記事と発表記事は無料で全文お読みいただけます。このドラマ評は現時点では無料。一定期間終了後に有料(価格は未定です)化する予定です。
★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【Focus】 注目度急上昇の松下洸平、8年前から追い掛けてきた批評家から見たその魅力(2019)=2019.12.28投稿
★「note 阪清和専用ページ」【Focus】 注目度急上昇の松下洸平、8年前から追い掛けてきた批評家から見たその魅力(2019)=2019.12.28投稿
★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」【News=発表】 「SEVEN HEARTS ドラマ大賞2019」最優秀作品賞は「スカーレット」、最優秀主演賞は上野樹里と菅田将暉、その他各部門最優秀賞発表(2020)=2020.03.19投稿
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わたくし阪清和は、エンタメ批評家・ブロガーとして、毎日更新の当ブログなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・ウェブカルチャー・現代アートなどに関する作品批評や取材リポート、稽古場便り、オリジナル独占インタビュー、国内・海外のエンタメ情報・ニュース、受賞速報などを多数執筆する一方、一部のエンタメ関連の審査投票などに関わっています。
さらにインタビュアー、ライター、ジャーナリスト、編集者、アナウンサー、MCとして雑誌や新聞、Web媒体、公演パンフレット、劇場パブリシティ、劇団機関紙、劇団会員情報誌、ニュースリリース、プレイガイド向け宣材、演劇祭公式パンフレット、広告宣伝記事、公式ガイドブック、一般企業ホームページなどで幅広く、インタビュー、取材・執筆、パンフレット編集・進行管理、アナウンス、企画支援、文章コンサルティング、アフタートークの司会進行などを手掛けています。現在、音楽の分野で海外の事業体とも連携の準備を進めています。今後も機会を見つけて活動のご報告をさせていただきたいと思います。わたくしの表現活動を理解していただく一助になれば幸いです。お時間のある時で結構ですので、ぜひご覧ください。
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