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少年サッカーから怒鳴り声をなくそう - 批判だけでは変わらない

感謝とお礼

 前回の投稿に対して、Twitterでコメントいただいたり、シェア、リツィート、いいね!してくれた方、本当にありがとうございました。

https://twitter.com/nana_shichisawa

 サッカー経験もない、いち保護者として見たまま感じたままを書きましたが、正直言ってマイナースポーツしか知らない私にとって、サッカーというメジャースポーツについて発言するのは恐怖でしかありませんでした。

安全意識とリスク管理

 それでも、子どもの人権を軽視する指導や、安全意識については保護者として声をあげ続けたいと思っています。

 親として、もし育成年代のヘディングがもっと早く規制されていたら、もし頭蓋骨の成長が止まるまでヘディングをしなかったら、息子は硬膜下血腫を発症せずに、いまものびのびとサッカーを続けられていたかもしれない、という思いはあります。

 それは、これから怪我をするかもしれない子供たちに対しても同じ気持ちです。

 いまは幸運にも障害は出ていませんが、これから先長い人生でどんな影響があるか予想もつきません。

 2020年2月に導入されたイギリスにおけるジュニア年代のヘディング規制は、人生の後半で起きる障害リスクの高さが原因です(パーキンソン病やアルツハイマーになる確率が通常の人と比べて3.5倍という研究結果による)。

 イギリスの友人の子どもたち(すでに成人)のクラブでは、10代後半になるまでヘディングはやらせていなかったと聞きました。

 育成年代、JFAのカテゴリーで第4種と言われる年齢の子どもたちは成長の真っただ中にあり、青年や大人と同じような指導理論をあてはめたり、過剰なトレーニングを行うと、疲労骨折に限らず一生引きずってしまうような身体的問題を抱えるリスクが高い。

 目の前の勝利にこだわりすぎることは、子どもたちの関係(レギュラーと補欠といったスキルカースト的な差別感情によるいじめ、嫌がらせ)に悪影響であるばかりではありません。

 ここに、26歳という若さでバレーボール全日本代表を引退された大山加奈さんの、スポーツ障害と指導法に関する象徴的な記事があります。

 これはどの育成年代のスポーツにも共通する問題だと思います。

「脊柱管狭窄症ですね。通常はご高齢の患者さんがほとんどなのに、20歳そこそこで発症してしまって。(医師からは)小学校の頃からのオーバーユースで、体が出来上がる前からスパイク動作を繰り返してきた影響だと言われました。」


指導者とも共感したい

 私は子どもを怒鳴り散らす指導者を批判しましたが、彼らの行動にも理由があるはずです。

 自分が同じように指導されてきたからとか、自分の指導方法でいま結果が出せているからかもしれません。試合の結果はクラブの経営にも大きく影響するでしょう。

 究極的に言えば、今いる環境が合わないならチームを変えれば済むだけの話ですが、それは子どもたちにとって有益でしょうか?

 息子が最終的に選んだチームは、小学校をベースにした地元のクラブです。理由は、気心の知れた友達と楽しくサッカーしたいからです。


 いま世界をリードするチームや指導者に支持されているのは、長い目で見た場合、一方的に指示に従わせる指導よりも、子ども同士、子どもと指導者が対話し、選手が自主的に考え判断できる環境を作った方がチームは強くなるという考え方です。

「ビジャレアルの子どもたちは3歳から意見を求められる。それゆえに、自ら考え、自己決定できるようになる。選手に意見を求める風土がチームになければ、監督に対して自分の意思を伝えられるようにはならない。」

「誰かに指摘されてではなく、自ら気づいて得た学びのほうが大きいのです。」

 しかし、トップスターの久保がいるビジャレアルの育成も、バレーボールの元日本代表である益子直美さんが開催している「子どもを怒ってはいけない」小学生のバレーボール大会も、本当に素晴らしいと思うのですが、いったい全国で何人の子どもたちがその指導が受けられるのでしょう?

 今回、日本各地で素晴らしい育成環境を運営している方々や、海外で指導している方にも共感してもらえたのは嬉しい反面、いま自分がいる場所から簡単にアクセスできないことも事実です。

 学校選びも同じなのですが、経済的な格差や、住んでいる場所の違いによって子どもたちの安全や人権が守られなくていいはずは無いのです。

 地域の少年団に所属する息子は以前、英国プレミアリーグが運営するサッカーアカデミーを体験し、その自由で楽しいサッカーに感動して帰ってきました。

 そのために月1万円払うことは構いませんが、本当にそれでいいのかな、と思うのです。

 理想をいえば、日本のどこでサッカーをやろうと、どんな家庭環境にあっても、子どもの心と身体の安全は守られるべきだし、暴言や罰を与える抑圧的な指導のメリットはゼロではなく、子どもの心を傷つけ、将来同じような指導の連鎖を生み出すことを考えるとマイナスでしかない。

 特に小学生については、彼らの発言はほとんど指導者には届きません。オーバーユースしているかどうかも痛みを訴えて病院に行くまでわかりません。

 仮に、JFA(日本サッカー協会)がある日、「今日から暴言や体罰、罰走を行った指導者はライセンスを剥奪します!」と発表したらどうなるでしょう?

 一時的に事故や事件は減ると思うのですが、それは指導者に対する罰でしかありません。その指導者にもサッカーへの愛があるでしょうし、彼の人生や人間関係を大きく損なうことになるでしょう。(もちろん、今のルールでもライセンスを剥奪するには重大な理由があるでしょうから否定はしませんが)。

 彼ら指導者と我々のあいだで、何らかの共感、もしくは共通の学びがなかったら本質的には変わらないと思うのです。

 現に、文部科学省の規制によって以前よりも体罰は減ったけど、暴言は増えているといいます。

 安全管理は子どもの命に関わるので強い規制があるべきだとおもいますが、指導方法に関しては本質的な理解がないまま規制だけすると、その副作用が大きく出る可能性が高い。

 とても難しい問題です。考えれば考えるほどその難易度の高さに憂鬱になります。人の意識改革なんてそう簡単にできるものじゃない。

対話のために

 社会へ声を届ける力でいえば、トップアスリートやメディアの方がはるかに大きいのは当然のことですが、いまグラウンドで心が傷ついている子どもや、怪我をする可能性がある子どもを助けることができるのは、やっぱりそこにいる指導者と保護者しかいないのです。

 私は小学生の子どもをチームに預けている立場なので、できることなら指導者も選手も家族も対等に話しあえる機会が欲しいと願っています。これは学校も同じです。

 また、日本は会社も学校も似ているのですが(というか、そういう教育をされてきたから)、コミュニケーションが一方通行になりがちです。

 誰かが(上が、指導者が、親が)決めてくれた方が、フォローするだけで楽だという気持ちもわからないでもないけど、そろそろ大人も真剣にこの問題に取り組んだ方が良い気がします。

 一方的に指示を受けるより、一緒に考えた方がお互い当事者になれるし、子どもの意見が正しいこともある。

 子どもと大人が一緒に学び、共感できる余白が欲しい。そのためにはどうすればいいのか。



 



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