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【ショートストーリー】4     しわくちゃな諭吉さん

 暑い夏の日がつづくと思い出す。

 4年前の夏、東北のばあちゃんに15年ぶりぐらいに会いに行った時のことをだ。

 新幹線とレンタカーで、それはそれは長旅だった。でも、子どもたちは割合おとなしくしてたし、妻もこの長旅を承知してくれてありがたかった。

 海岸を車で進めば、入り組んだリアス式海岸が特徴的な波形を波に描かせる。僕は山と海の間で暮らす、漁師一家の母として、ずっとこの地で暮らしてきたばあちゃんを想像していた。

「15年ぶりか」

 震災の爪痕はこの地にとっても例外でなかった。子どもの頃、よくばあちゃんにもらった100円を握りしめて行った海岸近くの駄菓子屋は跡形もない。

 そういえば、ばあちゃんはいつも誰かに悟られないようにお金を僕に握らせた。
「ホントにめんこいねー」と全力で可愛がってくれたばあちゃん。
 どんな様子なんだろう。元気かな。いろいろな思いが心のそこから涌き出るような気がしていた。

 いつものトンネルを通り抜ける。その付近にあったはずのガソリンスタンドがコンクリートの塊のようにひっそりたたずんでいた。

 ばあちゃんの家に着くと、おじさんとばあちゃんが僕らを迎え入れてくれた。

「よーきたなぁ。元気かぁ」
 海の男はいつでも豪快だ。震災の時に床上まで津波がきたらしかったが、自分たちで修復し、昔見たそれとの違いはまったく分からなかった。

「よく来たなぁ、元気かぁ、なによりだんなぁ」
 ばあちゃんは15年前とまったく変わらない様子だった。顔中のシワが笑って懐かしさとばあちゃんと過ごした夏の日が思い出される。
 もうすぐ90歳には見えない。元気そうでよかった。と心底思った。

「食べろ食べろー」
 そういっておじさんはウニや刺身をご馳走してくれた。子どもたちはめんこちゃんゼリーをいたく気に入り、妻も自然いっぱいの環境を楽しんでいた。

 気になったのが、ばあちゃんが、離れに設営されたような物置小屋に仮暮らしのような形で生活をしているような様子だった。

 その倉庫のような仮住まいの中からばあちゃんが出てきて話をしたかと思うと、また同じように物置小屋に戻って行く。覗いてみると布団や最低限の生活用品があり、きっと何かおじさんとばあちゃんの生活には特別な事情があるんだろうなと感じた。決して楽な暮らしでもないだろうことは想像に易しかった。

 一緒に住んでいる息子のおじさんが、子どもや奥さんと離れて暮らすことがずいぶん長くなっていることとか、ばあちゃんの家に対する思いとか、たぶんいろいろあるんだろう。

 15年前はもっと賑やかだったなと思うけれど、ばあちゃんの終の住処に意見を述べるのは100万年早いような気がした。

 帰る時間になってばあちゃんは僕のところに擦りよってきて「元気でまたね」と何かを握らせた。

「しー(だまっときなよ)」
 あの日お小遣いをくれたようにだ。

 しわくちゃの手、しわくちゃなお札。

 戸惑ったが、そのまま、ぼくはしわくちゃな諭吉さんをポケットに突っ込んだ。

 帰り際、ばあちゃんはとってもいい顔をしていた。次に会えるのは…そこまで考えやめた。
 それよりばあちゃんの顔を網膜に刻んでおこうと僕は思った。必死に、必死にだ。

 夏の暑い日がつづくと思い出す。
 ばあちゃんの顔、ばあちゃんのしわくちゃな手、握りしめたしわくちゃな一万円札の感覚を。

おしまい

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