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【ショートストーリー】37 ロングロングアゴー
だいたい人間の記憶なんてものは曖昧だと思うよ。過去を美化したり、懐古的になって感傷に浸ってみたり、ろくなことはない。え?じゃあ、過去を振り返らないのかだって?そうなだな、ぼくからしてみればいつだって今が最高だと言っていたいよ。でも、どちらかといえば過去が最低だったと言ったほうが楽なのかな。
一番古い記憶ってキミはなんだい?ぼくはふたつあってね。ひとつは暗闇の中に光る自動車のヘッドライトを窓の外から見る記憶なんだ。まだ年長の頃かな?親が仕事の関係でぼくと1歳の弟を残して夜いつもでかけてしまうんだ。弟が泣いたら電話してたらしいけど、よく考えたら普通じゃないよね。何時間も小さな子どもに留守番させてるんだから。それも頻回にだ。車の明かりは安堵そのものだったのかな。わからない、自分が生きてることを確認するように生物的な本能的な感覚のなかに、ぼくの奥底でその明かりは仄暗く揺れていたと思うよ。でも晴れた日のドライブなんかしたかったかな。こういうの憧れっていうのかい?
もうひとつの記憶はもっと最悪だ。父親と母親が喧嘩を始めるんだけどいつの間にかものの投げあいになってね。服やらクッションやらしまいにゃコップだって投げるからさ。ついに何かの陶器が割れてね。その破片がぼくの目に入ってしまうんだ。ぼくは視界が白く赤くなってすぐに真っ黒な左側と痛みが広がっていったんだ。でもね、不思議なもんでどんな色合いのステンドグラスよりもその一瞬は美しくてね。記憶に深く深く刻まれた気がしたよ。そのへんからかな?ぼくの母は自分の身体を執拗にカミソリみたいな鋭利な爪で掻きむしるようになってね。何かにとりつかれたみたいに傷つけていたよ。体中に赤い筋がたくさんできた母の様子を見ては、それはそれで何かの法則めいた幾何学模様のような気がしてね。じっと見るぼくに気がついた母は優しく呟いていたよ。「忘れないようにしてるのよ」って。もちろん記憶なんてものは曖昧だからはっきりとは覚えてないよ。優しそうな母の顔は、もしかしたら寂しそうな顔だったのかもしれないね。
あれからたくさんの時間が過ぎたんだろ?
季節が何度も巡ったんだろ?
ぼくがやったことかい?マーキングだよ。「忘れないように」しただけだ。罪の意識?そりゃあナンダイ?大人になってね。やっと少しだけ世の中がわかった気がするよ。普通じゃないんだよね?狂っているのはダレダイ?でも早くこの輪っかを外してくれよ。最期に言いたいこと?
明日はドライブへ行こう。晴れるといいな。
おしまい
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