【連載小説】私小説を書いてみた4-1
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再会
スキンヘッドにした次の日、さっそく僕は風邪をひいた。
一人暮らしの風邪は生命の危機すら感じる。バイトにももちろん行けずに、虚ろになりながらただベッドに横になり、幻のような理世との一夜を思い出した。
闇夜に照らし出された身体のラインをなぞるように、微かに感じる生々しくも華やかな香りを記憶から引き出した。不思議なことに、視記憶よりも触覚や、嗅覚で感じた記憶が鮮明に思い出された。あの時の彼女は、自分と同じように髪が無いことなど何の関係も意味ももたない。ただ理世自身そのものを客体としてシンボライズさせていた。及ばない魅力に包まれた心地よさと愉悦を振り返り噛みしめる。
その魅力が僕の変わる姿と対比したとき、混乱でも強さでもしなやかさでもない自分の感情が急に無機質なものになっていくのがわかった。
風邪のせいではない。
いや、風邪でよかったのかもしれない。
頭をさわると全く円形に抜け落ちた部分と、まだ毛があったざらざらした場所とが別れていることが分かる。円形の大きさはまちまちで、頭全体には10個以上あることを触って確認した。
身体を持ち上げるように起こして手鏡のように小さな置き鏡を覗きこんだ。触って感じたように何個も大小の円形の脱毛が点在し、場所によっては重なりあい、さながらミステリーサークルのような不気味な紋様を見せている。
スキンヘッドにしたと思っていたが、それは思っていたものと違っていた。5厘刈りのようにも見え、その特殊な紋様を際立たせていた。
熱で火照った身体を引きずるように、洗面台までたどり着くと、僕は剃刀を手に取った。
じっくり自分の変わり果てた顔を眺めた。
そういえば、その時から僕は鏡を通して自分を見なくなった気がする。今でも僕は鏡を直視できないでいるのだから。
乱暴にライムの香りがきついシェイビングクリームをぬりたくると、剃刀でゆっくりと頭皮を削るように剃髪していく。
痛みは不思議となかった。痛みとは何んだろう。物理的な痛みは即物的で気にもとめなかった。問題は心の痛みや感情があるとすれば、まるで空っぽのバケツをまさぐるように空虚だったことだ。仮定しても、確かめようのない空虚だ。
都合の悪いものを大きな消しゴムで消すように、僕は頭を触っては同じ動作を繰り返した。大昔からこの動作を知っていたかのように。
部屋の明かりもつけずに、空腹をただ満たすための食事をした。一畳もないくらいのベランダに出て煙草をふかす。冬の冷たい冷気が身体の芯まで迫るが、風邪のせいなのか身体の熱と相殺されたように、寒さの感覚は鈍麻した。
ベランダの雨樋に朽ちかけた蝉の脱け殻を見た。力なく手を伸ばし、つまみ上げた刹那にそれは粉ばらになり風に消えた。あれは蝉の脱け殻だったのだろうか、それともただの木の葉だったのだろうか。それすらあやふやな記憶のなかだったと思う。
煙草はわずかな苦味だけ残し、嗚咽とともに胃液が一瞬逆流しかけたが、そのはっきりとした感覚に少しの安堵を覚えたことに不思議な心地がした。そういえば、昔から煙草は体調のバロメーターだった。
頭を触ればざらざらとしたなかに、全く毛のないスポットが、妙に不自然な手触りを感じた。
僕は眠った。それしかできなかったし、それしかしなかった。
どれくらい眠ったのだろう。玄関の壊れかけたチャイムの音が、何度も鳴った。
つづく