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【連載小説】私小説を書いてみた 1-1
異変
この物語を、親愛なる里波貴史へ。
チャールズ・ダーウィンが言っていた。最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できるものである。
この物語を始める前に断っておきたいことがある。これは、事実と空想がまぜこぜになった話だということだ。縦糸が事実ならば、横糸は空想。
染料はなんだろう。きっと曇天のくすんだ空色と人からこぼれ落ちた感情だろう。人の数だけあるそれらを織り込んでいこうと思う。
優秀な種が生き残っていったわけでなく、たまたま種が変化したことによって、便利で生きやすかった種が残っていった。
進化論について、間違った捉えをする人が多いらしい。目的論でなく環境論。言ってみれば、たまたま運が良かった種が生き残ったらしい。
そして僕は、今、人が経験しにくい現象を目の当たりにしているらしい。この変化に自分が生き残れるのだろうか。混乱と困惑の海をいつ終わるかともわからない畏れという波風がひっきりなしに吹きつける。
雲が空一面に満ちた夜の空だったことだけは、はっきり覚えている。
人の記憶にきざまれる恐怖、不安、畏れ。頬を何回もはたいた痛みは確かなものだ。確かにそれは現実だった。
髪の毛が抜ける。
掴んだ自分の髪が痛みもなく抜けるのだ。
洗面台に屈みこむように頭部を鏡に写すと、クレーターのような円形が大小3つ。
円形脱毛症という言葉があるが、これはそんなよく聞くありふれた現象でないと直感的に僕は感じ取った。
もう一度髪を掴む。また痛みもなく30本はあろう髪が抜けた。体の中心からわき出る何かが沸騰するように髄をかけあがった。
はじめてその変化を感じたのは3週間前だった。僕は近所の皮膚科にいた。
「ストレスかなぁ」
パソコンに何やら打ち込みながら、自分より20歳は歳上であろうその女医は呟いた。
「あの、これ治りますか」
僕はそれをのぞきこむように聞いてみる。
「ちょっと頭皮に刺激を与えたりして治療してきましょう。ステロイドって方法もあるけど、様子見しましょうか」
「はい、あの、その、治るんですかね」
「うーん、そうね。ストレスが誘因となって起こることが多いから、何か思い当たることがあれば遠ざけておくことが賢明かもしれないわ」
女医は続けた。
「今日は頭皮に刺激を与えて再生を促すわね」
看護師が呼ばれ、何やら重そうなボンベから目に見える冷気と見たことのある固まりが顔を出す。
「はい、ちょっと冷たいかもしれませんが、我慢してね」
看護師にピンセットで摘ままれたドライアイスが、僕の頭皮に当てられた。一瞬熱のような感覚を得たがすぐに無痛になった。
5分間、いや3分間。あっという間にその「治療」は終了した。終わってみるとあてられた頭皮のその部分が脈打つような感覚を得て、わずかばかりの期待を僕に残した。
「しばらく様子見しましょう。また様子が変わればいらしてくださいね」
パソコンに向かいながら先生は言った。
「はい次の方どうぞ」
テンポよく看護師が促す。
外にでると、夕焼けは薄曇りのなかにあって、山際の稜線は霞んでいた。天を仰げばわずかに雲の切れ間が見えた。その時は僕は治ると思っていた。奇妙なその現象が。その時は。
洗面台に落ちた無数の髪の毛を見て僕は我にかえる。明日の仕事の予定を確認して、また皮膚科に行くことを決める。
なぜか経済的な不安がよぎった。とにかく生きていくしかない。生きるためには働くしかない。立ち止まることは考えられなかった。
ワンルームのアパートのそこかしこに毛が落ちていた。僕は無心で拾い集めた。途方もない作業と、まだ飲み込めない現状に声にならない音を出している自分に気がつく。
うめき声を出して感情を整えた。それはしばらく何かの儀式のように、ただただ続いていた。
つづく
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この物語はフィクションでございます。が、作者の体験がもとになっております。
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