【連載小説】私小説を書いてみた3-3
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理世
「どういうこと?」
彼女の「私は」という言葉に僕は耳を疑う。
「だから、私は六年生からなんだ。あなたといっしょ。このロングもウィッグだし」
「え、嘘でしょ」
「本当、ほら」
理世はそういうと、生え際の縁からウィッグの下に被るネットのようなものをやる気なく覗かせる。僕は分かりやすく狼狽えた。
そんなことがあっていいのだろうか。この数ヶ月で自分の身体に起こったことが稀なことで、自分が悩み疲れたその日々の価値が180度変わりそうな予感すらする。それは好意的なものでも肯定的なものでもなく、例えるなら苦労して到達した新たな土地に、見知らぬバックパッカーを見つけてしまったような心地だった。
それを彼女は続けた。
「こういうこと、同じような感じの人にはなんか余裕もって言えていいね」
一時だけ考え、僕は言葉を返す。
「いやいや、同じような感じの人って、俺は初めて自分の病気について話したよ」
「最近なったの?あ、えっとごめんなさい、なんだっけ名前が」
「湊、さんずいに奏でるでみなと…。そう、自分は3ヶ月ちょっとでこんな感じになって」
僕もニット帽を少しだけずらして、理世に欠けている頭皮をしゃがんで見せた。公園の街灯がわずかばかり届いた角度を探して、彼女は近くに寄ってよく見ていた。
「半分くらいかな、へーたくさんスポットみたいにできてるんだ。なんか人の、自分と同じような人の頭とかじっくり見ないから面白いね」
近い距離感に彼女の香水のような柔軟剤のような香りを感じた。ウィッグなのになぜだろう。ものすごい柔らかな香りだった。
その後、僕らはベンチに座って話した。理世は小学生の頃の病気が原因で髪が薄くなってしまったことや、それによって人との関わりが苦手になったこと、学校にはほとんどいかなかったことなどを話してくれた。人との距離や人の気持ちを想像することが苦手なのだそうだ。僕は僕で、この数ヶ月に起きた出来事を、昨日読んだ小説のあらすじでも話すように、他人事のようなしゃべり口で話したと思う。
彼女にとっての音楽はいわばセラピーみたいなものだった。ギターをかき鳴らしていたら心が鎮まり没頭できる時間がほしいからと語っていた。何かに依らなければ押し潰されそうになるその感覚に共感するとともに、僕は自分が自分のギターにしたこと、ドラえもんのようにしてしまった自分の拳を思い出した。人とは違うその現象そのものより、確実に二次的な何かの恐れを抱いては僕たちの感情は揺らされるのだろうか。僕は免疫や身体の仕組みは分からない。「あくまで誘因なのよ」と語っていた坂下先生が思い出される。感情も身体と同じように副次的に感情に働きかけるのだろうか。
正直な話をすれば、同じ様な人との出会いは、興にかかわり、僕はなんとも言えない気持ちを抱いたのは確かなことだった。やっぱり人は自分が特別な存在だと思っていたいんだろう。でも、その違いに苦しみ悶えるのだから生きにくいんだろう。どこかの心理学者の言葉を借りれば、人のすべての悩みは対人のみにおいて発現するらしい。あらためて人は不思議だと思う。そして、後悔とは少しだけ違う思いが駆け巡る。なんで僕は今まで何も考えないで、なんとなく、なんとなくヒトとして存在していたんだろうと。
10時を過ぎていた。人通りは全くなくなり。街は静まりかえる。歓楽街からわずかに明かりが漏れた。タクシーやバイクの車音が、乾いた冷たい空気を震わせライトダウンでは寒さが身体にしみた。
意を決して僕は彼女に今日の結末に関する依頼をした。
「お願いが、あるんだけど」
「何?」
理世は組んだ脚を戻した。ステージから下りた彼女は普通の少女に見える。
「今から断髪したいんだ」
つづく
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こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
人生初めての作品です。
https://note.com/sev0504t/m/mf86d2b60eff