【連載小説】純文学を書いてみた2-3
ギターを弾けるようになりたいというより
ギターの弾ける「おれ」になりたいと思っていた
なんちゃって…
連載小説も7回目になりました。どうぞ読んでやって下さいませm(_ _)m
前回……https://note.com/sev0504t/n/nb95ccb94d051
-- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- --
「敷地内は禁煙だと思うんですけど」
振り返るとそこに彼女はいた。
◇
「復習してきたんでしょうね」
「んー、まあ」
「なんだかやる気ないわねー、あなたの声」
「そう?」
「なんでそんなに抑揚がない声なのあなたは。うれしいときとか悲しいときにあなたがどんな声を出すのか聞いてみたいわ」
「たぶん一緒だよ」
「あきれた。そのうち誰か殺しかねないわ、それで言うの『太陽がまぶしかったから』って」
「なにそれ?」
「お母さんなくなったときどう思ったの?」
「よく知ってるね。何も思わなかったよ。というか悲しめない自分に驚いた」
「それだけ?信じらんない」
「か行は6の点で、さ行は5と6の点を『あいうえお』につければいいんだよね」
「そんな話している場合じゃないでしょ。バカ」
僕の奥底、内にある雑草のような名もない小さな草花に、名前を与えてくれるような不思議な暖かさが彼女の言葉にはあった気がする。
◇
僕はあわてて携帯灰皿に吸殻を押し込んだ。
「すみません。知らなくて」
とっさに敬語を使ってしまい僕はしまった
と思った。
彼女は僕と同い年か、むしろそれより年下に見えた。右手に握られた白杖が彼女には似つかわしくないようにすら思えた。
「あれ?あなた、この学校の生徒じゃないわよね?」
彼女はふちの丸い今風のサングラスをし、初秋には似つかわしくないほど薄着だった。青いジーンズに体にぴたっとくっついたTシャツを一枚着ているだけだ。プリントされているのはヨーロッパの地方の川だろうか、パソコンの壁紙で見たようなフランスの古城のようなものが見える。
父とは違う細長い白い杖。
「きみはここの生徒なの?」
「そうよ、でも、質問を質問で返すのはよくないわよ」
「あ、ごめん。父親の付き添いなんだ。多分ここの卒業生だと思う。今尾村さんって人と話をしていて」
僕が父親の名を出したとき、彼女は声にならないような息を漏らした。サングラスに隠れたその瞳が揺れたような気がする。
「あなたのお父さん私知っているわよ」
「え?」
思いもよらぬ言葉に少し声が大きかった。
「よく、講演に来るもの」
「え……ホント?」
「あなた本当に先生の子どもなの?」
うーんと唸ってみた。いつもならそんなことはしないのに。
「親父が先生ってよばれているの、なんだかおかしいな。そんなかんじなの?」
「自分で聞いてみればいいじゃない。少なくともこの学校の関係者であなたのお父さんを知らない人はいないわ」
「ふーん」
何か音を出しといたほうがいいのだろうと思って僕は相槌を打った。
「まあいいわ。お願いがあるんだけれど」
彼女は持っていた白杖の柄の部分をくるっと回した。
「グランドまで連れて行ってほしいのよ。もちろん一人で行けないわけじゃないんだけど、みんなたぶん練習中だからベンチのところまでお願い。こんなこと誰にでも頼むことじゃないのよ。先生の息子であるあなただから頼むの」
一方的だったけれど今日という日の不思議さには諦めとひそかな納得が待っているのだろうと思い僕は「いいよ」と返事をした。
「どうすれば?」
「腕をかしてくれればいいわ」
あきれたようなため息をひとつ。彼女は手を出してといったので、僕はおそるおそる腕を差し出した。右腕が彼女の左手にほんの少し触れると、二つの腕は自然に組まれた。というか肘をつかまされた。
数メートル歩いただけでも妙に緊張して、その姿はバージンロードを歩く新婦とその父親のような滑稽さがあった。
「西側の通路からグランドに出られるわ」
途中いろいろなことを聞きたかったが、やめておいた。彼女の視力のこと。先生としての父親のこと。この学校のこと。横顔をずっと見てもやっぱり気づいてはいないようだった。
鼻息を悟られないように静かな呼吸を心がける。サングラスの奥には大きな眼と長いまつげが少しだけ見えた。どこかオリエンタルな雰囲気を彼女は持っていた。形のいい鼻、少し厚い唇、口元のほくろ、ややかすれた高い声、どれか一つでもかけてしまったときそれは彼女ではないような気さえした。
この時、すでに僕は感じていたのかもしれない。彼女の不思議な魅力を。
グランドへの通路を抜けたその時、そこには空間を切り取られた静止した世界が広がっていた。
わずか数秒の間に驚きはある合理的な理屈へと僕を導いた。
つづく
-- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- --
自己紹介記事も書いてみました。
ショートストーリーも書いてみました。