【連載小説】私小説を書いてみた4-3
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再会
風に飛ばされた新聞紙がタンブルウィードのように転がってバス停のすみ、ガードレールに張り付いた。そういえば最近、世の中ではどんな出来事がおきているのだろう。
ちょっと前に無戸籍の20代の女性が餓死で亡くなったニュースがあった。そのニュースのすぐあとにスポーツニュースを嬉々として伝えるニュースキャスターの顔ばかり思い出される。
お金がなくなってきてから一日一食か二食の生活のなかで、寒さのなか自分の心も身体もなんだか乾燥パスタみたいにぷっつりと音がなって感覚が途切れたような気がした。
12月の寒さを運ぶ風、ニットの下の全く髪の毛のない頭皮。そういえば髪がなくなったんだと思った。途切れたような感覚はぶつ切りにされていった。
バスに揺られ40分ほどだった。坂下先生がくれた名刺に記された住所と同じようなバス停で降りる。見ると少し傾斜のある道路と、南側が崖のような部分を流れる川に寄り添うように大学病院は建っていた。奥には大学だろうか、山を切り落としたようにいくつもビルのようなものが見えた。
正面の入口は道路をはさんですぐだった。
「すみません、この方に会いたいのですが」
僕の姿を見ると受付の中年の女性は怪訝そうに僕が差し出した名刺を手に取り、無言で内線をどこかに繋げた。
「はい、坂下先生に、はい、お会いしたいとのことで。いえ、大丈夫だと思います。はい、わかりました」
受付の女性は受話器を静かにおいた。
「申し訳ないのですが、坂下先生は今お休みされていて当病院にはいらっしゃらないんです」
「あの、どんな理由でお休みされてるんですか?」
「申し訳ありませんが、個人的なことになりますのでお答えできません」
「以前、お会いする約束をしていて」
自分でも速くなる口調が分かった。
「わかりました。お伝えしておきますからお名前よろしいですか?」
「自分から連絡がしたいんです。何か先生と連絡できる方法ありますか?なんでもいいんです」
「そう言われましても、申し訳ないのですが」
女性は全く申し訳なさそうに見えない様子で淡々と言葉を選び、淡々と言葉を置いた。
もう二、三回問答しただろうか。僕は名刺を握りしめ玄関口を出た。
希望なんて甘えだ。
先生なら何か自分のことを劇的に変えてくれるのではないから。そんな稚拙な希望。
北風が山の方から吹き下ろし目眩なのかよろめいた。風邪は不思議と治ってきたようにも思えてくる。「あきらめない」と書かれた名刺をもう一度大切にポケットにしまうと、奥にある建物を目指した。
坂道に足をとられそうになりながら一歩一歩。
まだあきらめるわけにはいかなかった。
大学の構内には講義室や研究室のようなものが点在している。僕は通り行く人に医学部の研究室を尋ねた。誰もが、そんな個人のことは分からないと答える。迷路のような講堂の廊下やキャンパス内をさまよった。
研究室があつまるフロアで僕はあるもの運ぶ人を見た。クリニックで治療のために使われたドライアイスを入れた鉛色の容器。
「すみません、それ、どこまで運ばれるんですか?」
駆け寄る僕に業者はぎょっとした表情を見せた。ああこれねと、教えてくれたこの先は、理化学ラボと呼ばれる場所だった。求めているような期待したような答えはそれ以上得られなかったが、その研究室にいた何名かのスタッフに坂下先生のことを聞くことができた。
「坂下先生、一週間前から療養休暇に入ってるんですよ。私も詳しいこと分からなくて」
一人の二十代の学生らしき女性が教えてくれた。ネームには美山とある。
「どうしても先生と連絡がとりたくて」
「私の知り合いが坂下先生の研究室だから聞いてみますね」
「すみません、できるだけ早くお願いしたいんですけどなんとかなりませんか」
美山さんは切迫した僕の様子を感じ取ってくれたのかすぐに知り合いに連絡をとってくれた。
僕は自分の名前を美山さんに告げ、廊下のロビーの飛び石のように配された円形のソファーに座り待った。
師走だというのに大学前構内は静かだった。足は石柱のように固く重くなっていた。不思議と風邪の症状はなくなり疲労感が身体を包む。研究室の明かりがほの暗く感じられて一瞬気を失いかけた。
「お待たせしました」
美山さんは足早に駆けつけた。
「知り合いの子と連絡がとれて、至急連絡をとってくれて」
「ありがとうございます。本当にありがとう」
僕は言葉を遮るように彼女に伝えた。
「いえいえ、なんだか大変そうですね」
「ちょっと前に先生にお世話になっていて。どうしても会って伝えたいこと、というか、なんかうまく言えないんだけどあって」
美山さんは、ちらっとニット帽を被る僕を見た。「珈琲でも飲みます?」
「え、あ、ありがとう」
「私たち学生もこの時期実習とか講義とか一通り終わって時間わりとあるんです。すぐ連絡くるといいですね」
彼女は僕を研究室のすみに招き入れ、温かい珈琲をいれてくれた。
「温かい。ありがとうございます。ちょっと待たせてもらっていいかな?」
「わりとすぐ連絡くると思いますよ。どうぞどうぞ」
小柄で髪を後ろで結ぶ彼女の後ろ姿に、ちょっとした懐かしさを憶えたのはなぜだろう。ありがたい気持ちでいっぱいだった。もし坂下先生と連絡がとれなくてもこの人の親切で一週間は生きられると思った。そんな単純で滑稽な僕を笑うように研究室の窓に写ったニット帽から少し頭皮が見える僕の姿は異質なものだった。
これが自分の姿なのだ。
つづく