【ショートストーリー】29 まきびし
母が二人目の「お父さん」を家に連れてきたのは僕が五歳か六歳の時だった。
母親を取られたような気持ちになったんだろうか。それとも新しい服や靴に変えるように母のひとつの変化として受け止めていたんだろうか。曖昧で不確かな記憶のなかに、僕の気持ちは紐づいていないから正直わからない。
新しい「お父さん」は、今考えればとっても柔らかで優しかった。僕のことを本物の息子のように接してくれていた気がする。
本物という言葉は強い意味がある。本物でないから「本物のように」とつかう。心のそこではニセモノだと分かっていたのだろう。
新しい家族の形のなかで、日常と虚実が混じった記憶のなかに、また断片的な記憶が現れる。
すぐに母のお腹が大きくなるのが分かった。
みんな僕に優しかった、怒られた記憶は最初の「お父さん」だけだった気がする。
母の出産が近いことは、母が病院に入院したことで小さい僕にも理解できた。「お父さん」はうどんを作ってくれた。素うどんみたいな簡単な味付け。でもその味はよく覚えている。温かくて美味しかった記憶。
「お母さんお腹を切ったのよ」
その言葉に僕はなんだか泣けてきてしまった。
僕の弟は少しだけ小さかった。
「あなたも、こうやって生まれてきたのよ」
憔悴する母の振り絞る言葉に僕は胸が熱くなった。
「お父さん」も喜んだ。
誰に似ているとか、名前はどうだろうと、あんなに饒舌な姿はそれ以来見ていない。
ほどなくして母は退院し、僕の家族は四人になった。今は皆別々の生活があるが、基本的には変わりはない。
新しい家族に注がれる愛情と、取り残してはいけないからと、少しだけ造られた「優しさ」のなかで僕は生きた。もっと自分が鈍感だったら良かったのにと思うこともある。
家族とはなんだろう。
ある人は、たまたま同じ船に乗り合わせた旅人同士だという。
また、ある人は、願いと想いで繋がれたかけがえのない存在だという。
ホンモノか分からなくなった家族に抗おうとしたのだろうか。
小さなブロックを撒いて、誰か踏んでしまえばいいと嘲笑していたのだから。
おしまい
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