バーにて🍷

「恋にさあ、命なんか懸けちゃダメだよ」
「ふむ?」
「だってさあ、絶対失恋するもん」
「実る恋だってあるんじゃない?」
「ないね!得恋と失恋は同じことって、坂口安吾が言ってた!」
「あのおっさんは神かなんかなの?」
「神じゃなくても真実を言ってもいいじゃないの」
「ふうむ…。まあ、命懸けの恋と言っても、命の懸け方にも色々あるもんね」
「そーね。心中すりゃいいってもんでもないわよ」
「何回もしちゃうと有難みもなくなってくるしねぇ…」
「しかしさ。『一緒に死にましょう』なんて会話を大真面目にして、実行までしちゃうなんて、すごいよね。途中で我に返らないのが…」
「まあ…実際のその場面に立ち会うことって永久にないだろうからなあ。どんな感じなのかちょっと気になるね。どんな風に言うのかなって。どんな雰囲気で会話するのかなって。」
「そーよね。カップルのほんとの二人の会話を聞こうと思ったら、盗聴するしかないもの。そして、盗聴されたカップルの会話ほど、聞いて嫌な気持ちになるものはないと思う…」
「でも、タイムマシンに乗って、太宰治と山崎富栄の会話聞いてみたいよね?」
「もちろん!!そしてそれをテレビ局に売る」
「いいカネになりそうだね」

「恋がさあ、上手い人ってさ。上手いの定義はまあ置いといてさ。恋愛の展開をある程度コントロール出来る人ってさ」
「うん」
「軽いんだよね。命なんか絶対懸けてない。内心は『この甲州女』とか思ってるんだよ」
「まあ何枚か皮着てるよね」
「そうやって、冷めた気持ちになれればなれるほど、モテるんだよきっと」
「恋に溺れないのが、恋される条件ってこと?」
「そう。恋が上手くなるコツはね、恋を捨てること。失恋して絶望して全てを諦めた上で、それでも恋に携わること」
「上手くなってどうすんの?」
「玉川に飛び込むのよ」
「その前に大作を書かないとね」
「指輪物語ぐらいの?」
「彼は敬虔な人だったよね」
「そんな話だったしね」
「太宰が『指輪を捨てる旅』とか言い出したら笑うなあ」
「結局人は、自分の来し方行く末しか、描けないものかしら」
「描く過程で、そこを通るとしたら、自分の軌跡を描いていると言えなくもない」

「ねぇ、私のために何か書いてよ」
「一緒に玉川に入ってくれるならいいよ」
「そんな無様な真似は嫌。死体はねぇ、見つかっちゃいけないの」
「荒野で生き埋めにでもなる…?」
「宇宙にねぇ、行くの。それで、手を繋いだままとーくとおーくに飛んでいって、星になるの」
「ロマンチストだね」
「でもね、結局磁気の嵐に遭遇して、手は離れちゃうの。それでね、一年に一回しか会えなくなるの」
「そう言えば今年の七夕は晴れたね。地球の異常気象も、あの二人にはよかったのかな」
「わたし、年一でいいな。」

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