温泉旅情
白い空によく目をこらすと、アイスグレーの雲が厚く覆っている。
辺り一面にはふんわりと真っ白い雪が積もっている。
動物の形にこんもり積もった雪、こまかく重なり合った木々の枝の影、その向こうの白い空。
近くに目を落とすと、かすかに緑がかった白濁の湯からこれまたふんわりと、湯気が上がっている。
湯の花、という単語が頭にはあって、つめたい空気の中に、上品で豊かな硫黄のにおいが漂っている。
目を閉じて耳を澄ますと聞こえるのは、湯が浴槽に流れ込む音と、湯が浴槽から流れ出る音と、源泉をくみあげる設備がしゅうしゅういう音だけ。
お風呂には先客がいた。
六十代と三十代くらいの母娘、話の流れからすると、お姑さんとお嫁さん。
「こんな良い所に連れてきてくれてありがとうね」
と、お母さん。
愛想が良くて気持ちの良い返事を返すお嫁さん。
今までに行った温泉の話に花が咲いている様子。
暑くなって浴槽のふちに掛けていたお母さんがふと、積もった雪にてのひらを押し当てて言う。
「雪を見たらてのひらの跡をつけたくなるわね~!」
するとお嫁さんが、
「ヒロユキさんも絶対同じことやってると思います。しかも、雪だるまも作ってると思いますよ(笑)」
すると、
「雪だるま、作ってみようかしら」
とお母さん。
お風呂にお尻を向けて一心に何かやっているかと思ったら、
「すっかり冷えちゃったわ~」
と言いながら、浴槽に戻ってきた。
見れば、風呂の周りを囲む小ぶりな岩の上に、ちょこんと乗った小さな雪だるま。
ちゃんと眉と目と鼻と口があって、枝でできた腕も生えている。
頭の真上に刺さったすすきみたいな形の枝がかわいらしい。
二人が、
「そろそろ上がろうか」
と、棚から浴衣を取って羽織りかけたその時、渡り廊下の先にある男風呂から大きめの声が聞こえてきた。
「そっちはまだかー、こっちは先に部屋帰ってるぞー」
「お義父さん、せっかちなんだから」
と笑いながらお嫁さん。
母娘はきゃらきゃらと会話をしながら、
「お先に~」
と私にも声をかけると、風呂から上がっていった。
夕方になり、東の空から青みがさしてくる。
風呂にかかった茅葺き屋根に付いている裸電球に火が灯る。
後で男湯の様子を聞いたら、だんなのヒロユキさんは小さなかまくらを作っていたって。
明日は雪が降るといいなぁ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?