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図工室の鴉

この物語はフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません。

子供の頃、物を盗んだ事がある。
物を盗んだら泥棒だとか、そんな事は知っていた。
でも、犯罪者になる事の重みをあの頃の私は知らなかった。
ただ、キラキラしていて綺麗だったから、手を伸ばした。そして盗んだ。
あの頃の私は鴉だった。

小学校3年生の時、それまで居た図工の先生が居なくなり、新しい図工の先生がやってきた。
女の先生で、鳥羽 めぐみといった。
その先生と仲良くなったのは偶然だった。私はサッカー観戦が大好きだったのだけれども、たまたまその先生もサッカーを観るのが大好きで、応援しているチームも同じだった。私達が仲良くなるのはある意味当然の事だった。いつもJ1とJ2をウロウロしている様なチームだったから、だからこそ私達は団結した。
私は図工の時間が好きだった。図画工作は頭の中に溢れる妄想を形にして良い時間だった。先生は色んな分野を取り扱ってくれていた。絵画、木材、版画に粘土。スタンプだった事もあった様な気がする。
その先生も鴉だったのかもしれない。図工室の引き出しの中には綺麗なビーズやモール、リボンなんかが沢山仕舞い込まれていた。それらに統一感はなく引き出しの中は雑然としていたけれど、それはどれもキラキラしていて綺麗で、私は憧れた。私もその頃、道に落ちていたナイロンビーズやらプラスチックのビーズを拾っては溜め込んでいた。
ある時、その中の1つを盗んだ。1つくらいなくなってもバレないだろうと思ったからだ。ビーズはキラキラしていた。それを盗んだ時点で輝きはくすむのだという事を私は知らなかった。
私は図工の授業があると時折引き出しを開けては少しずつビーズを持って帰った。

ある日、図工室の隣の図工準備室に入ってみた。
先生に入らない様に言われていた部屋だった。理由は特にない。準備室に何があるか知りたかったからだ。
図工準備室には絵を乾かしておくラックだとかのこぎりだとかが置いてあったと思うけれど、正直なところちゃんとした記憶はない。
ただ1つ覚えているのは、瓶があった事だ。
その瓶はビー玉の沢山詰まった瓶だった。
当時私は中に色素が入っているビー玉よりも中に何の色も入っていないビー玉の方が好きだったのだけれども、その瓶の中に入っているのは殆ど中に色の入っているビー玉だった。
ただ、中に無色透明のビー玉が幾つか入っていた。それはひと際キラキラして見えた。
私はこっそり瓶を開けて透明のビー玉を1つ手に取り、そのままズボンのポケットに入れた。そのまま何事もなかったかの様に図工準備室を後にした。
廊下を歩きながらビー玉を透かしてみると、ビー玉は蛍光灯を反射してキラキラ光った。とんでもない宝物を見つけたと私は思った。
それから私は度々図工準備室に入ってはビー玉を家に持って帰った。家に持ち帰っては電灯の光に透かしてみる事もあったし、仲良しの友達にあげた事もある。罪悪感はなかった。これはもう私のものだと思っていたから。
あのビー玉は、本当は先生の宝物だったかもしれなかったのに。

ある日、いつもの様に私は図工室にやってきた。昼休みの図工室は今日も誰も居なかった。私はそのまま図工準備室に入った。
いつも通り瓶に近づいて蓋を開け、ビー玉を手に取った時だった。
「黒田さん、何してるの!」
大声に振り返ってみると図工の先生が立っていた。当たり前の事だが先生は顔を真っ赤にして怒っていた。そんな先生を見るのは初めてだったので怖かった。
「どうりでビー玉が減ってると思った!」
瓶は図工準備室の隅にあったし沢山ビー玉が詰まっていたのでビー玉がなくなっている事は気づかれていないと思っていたのだけれども、先生はビー玉が減っている事に気づいて訝しんでいたらしかった。
先生は私を叱ったけれども、盗んだビー玉を返せとは言わなかった。私は幾つか友達にビー玉をあげてしまっていたので、そう言われなかったのは幸いだと思った。
私は先生に謝ったけれども、あの時ちゃんと反省できていたか今になって考えるとかなり怪しく感じる。
図工の先生はかなり寛大だったと思う。私にビー玉を弁償する様に言わなかったばかりか担任に報告する事すらしなかったのだから。
私は先生に許された。完全に反省しきらないままで。
私はそれから二度と図工準備室には近づかなかった。
それからも私が小学校を卒業するまで私は図工の先生にずっと仲良くして貰っていた。今思うと本当に寛大な人だったと思う。子供のいたずらだからと許したのだろうか。私だったら多分そうはできなかったと思う。

今でも図工の先生とは年賀状のやり取りをしている。図工の先生は私が小学生だった頃からずっと同じ場所に住んでいて、今もその場所に住んでいるけれど、今何処で何をしているのかは知らない。

自室の部屋の掃除をしていたら、ビーズの沢山入った瓶と、ビー玉の幾つか入った瓶が出てきた。
私は正直に言うとその瓶を見るまでは自分の犯した過ちの事をすっかり忘れていたのだけれども、瓶の中で光っているビー玉を見た瞬間に後悔がじわじわと溢れてきた。
どうしてあんな事をしてしまったのだろう。でも今更どうしようもない。図工の先生はあの時の事を覚えてはいないだろうし、今更返す場所もない。
それに、あの日、引き出しからビーズを盗んだ日に、私は泥棒になったのだ。その手は真っ黒に染まって、反省しても謝っても元の色に戻る事はないのだ。
ビー玉を電灯に透かしてみる。ビー玉は鈍く光っていた。

登場人物紹介
黒田 ましろ
主人公。
キラキラ光るものが好きで、現在は宝飾店で働いている。幼少期の過ちの事は誰にも話していない。
趣味のサッカー観戦は今も続けている。

鳥羽 めぐみ
ましろの小学校の図工の先生。
ましろの独特なセンスを評価し、クラスで浮いていた彼女の話し相手になっていた。
趣味のサッカー観戦は今も続けている。

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