『よそ者』
「タンッ!」
みんな、僕と彼女を見てかたまっている。
まるで、教室にいるみんなが、彼女に叩かれたようだった。
『よそ者』
彼女は休み時間中、いつも教室の角で本を読んでいる。
丸い黒縁眼鏡に長い黒髪、背丈は平均くらい。顔立ちは良い方だと思う。容姿は漫画によく出てくる文学少女そのものだった。
「おい、アイツまた一人だぜ。」
「そりゃそうだろ。転校してきてまだ1週間弱さ。溶け込めないのも無理はないよ。」
僕は、ニヤけながら人を見下すトシキに対し、冷静な言葉を投げる。
もし学級委員長になっていなかったら、トシキと一緒にからかっていたところだ。
しかし、今の僕は決して人を批判したり、いじめたりしない。他の生徒の模範になるよう心がけているからだ。
「ねぇ、委員長」
女子に声をかけられ、後ろを振り返る
「早見さん、何かあった?」
「あの、さ。すずちゃんのことなんだけど。」
早見は話しながら、教室の角の文学少女と僕に視線を送った。
「ああ、丁度トシキとも話してたんだ。いつも一人でいるのが心配なんだろ?」
僕は話を先読みする。
「そう、なんだけどね。すずちゃん、話しかけても相槌しかうたないの。」
「相槌?」
「えっと、例えばこの前、おすすめの本があったら教えてほしい!って話しかけに行ったの。すずちゃん、いつも本読んでるから、それで。」
「なるほどな。そしたら何て?」
『「うん。そうね。」って。』
「会話になってないじゃないか。」
「そうなの。でもね、この話には続きがあって、この前偶然、転校前の学校の友達と電話してるのを見かけたの。」
「放課後にか?」
「うん。」
「なら別に問題ない。うちの中学は、放課後ならスマホ、携帯を使ってもいいことになってるし。」
「ああ、違うよ?そーゆー話じゃなくて。」
どうやら今度は先を読み間違えたようだ。
「すずちゃん、凄く楽しそうに話してた。あんな顔見たことないってくらい笑顔で……。」
「ああ。」
僕は追加の情報を基に先読みする。
「なるほどな。つまり彼女は、人が嫌いな訳でもなく話すのが苦手な訳でもないってことか。」
「うん。たぶん馴染めてないだけなんたと思う。だからどうにかしてあげたくて……。」
「わかった。次は僕が声をかけてみるよ。」
キーンコーンカーンコーン
キリのいいタイミングでチャイムが鳴る。これから今日最後の、5時限目の授業が始まる。
僕はこの授業後、彼女に話しかける。密かにそう決意した。
キーンコーンカーンコーン
さて、行くか
僕は深呼吸を1つしてから立ち上がり、彼女の方へ歩いて行った。
彼女は授業終わりだというのに、また本を取り出そうと、机の横にある鞄に手を伸ばしている。
そうはさせない
僕は早歩きで彼女のそばに近づきながら、言葉を発するために少し息を吸い込む。
その時だった。
「タンッ!」
教室中に高い音が響く。
みんなが一斉にこちらの方へ目をやる。
僕は一瞬何が起きたか分からなかった。
左頬が少し痛い。彼女は手に空のペットボトルを持っている。
それらを確認して、ようやく自分が、彼女にペットボトルで叩かれたという事実を認識した。
「スッ」
彼女は軽く息を吸い込むと、淡々と話し始めた。
「私ってそんなに可哀想ですか?」
教室は無音で、誰も答えようとしない。
「私は私。あなたはあなたなの。」
彼女は僕の方を見て言う。
「あなたの物差しで私を測ったところで、何も分かりはしないわよ。」
しっかりとした話し方と言葉遣いに圧倒されながらも、僕は弁明しようとする。
「いや、でも僕はすずさんのことを思って、」
「知ってる。」
彼女は僕の話をさえぎる。
「ねぇ、知ってる?あなた達の話し声、全部こっちまで聞こえてくるの。」
「…。」
「だから私、聴こえないふりしてずっと本を読んでた。」『でも、嫌でも聴こえてくるの。「可哀想」とか「話しかけてあげよう」とか。』
「そんなこと言われたら、私から話しかけられないじゃない!」
「委員長、私は対等に仲良くなりたい。みんなに憐んでほしくないの。」
言いたいことを言い切ったのか、彼女は大きく息を吐き出す。
「ごめんね、わがまま言って。あと叩いて。こうでもしないと、リセットできない気がして…。」
「嫌われてもいい。自覚してる。今のは私が悪い。でも、憐れむのだけはやめてほしいの。」
「本当にごめんなさい。」
彼女は僕の方へ深く頭を下げた
「ああ、いや、こっちこそすまなかった。」
僕はこれくらいしか返せなかった。
下校時間になり、数人のクラスメイトが僕の方へ駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」「うわ、赤くなってる」「まじ最低だよな?」「お前は悪くねぇよ!あの女とはぜってー話してやんねぇ。」
なぜだ?さっきのやり取りを見て、なぜそう感じとった……?
それからというもの、僕は周囲から「可哀想だ」という目でみられるようになった。
「彼女もこんな感覚だったのか。」
彼らは、勝手に僕の心になりきり、勝手に同情して、勝手に援護し、勝手に盛り上がっている。
その見当違いの優しさと、よそ者の憐れみが僕を窮屈にしているとも知らずに
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