『飛び級』
「今、好きな人いるの?」
僕がそのような言葉を口にしない限り、恐らくこの関係はこの先ずっと変わらない。もしくは……。
『飛び級』
僕は彼女の顔をあまり見たことがない。
同じ教室内、30ほど並べられた机
ランダムに決まる席順
僕は一番左の一番後ろの席になった。
彼女の席は僕の席から右方向に桂馬を2回動かした位置にある。
だから僕たちは普段話さない。
これは言い訳じゃない、と思う。
僕らの中学は、白と灰の集合住宅が並ぶ、住宅街の中に位置している。
田舎住みの人に言わせれば都会なんだろうけど、僕は全くその都会の恩恵を受けた覚えがない。
都市部に行くためには電車で50分はかかるのだ。
海は遠いが緑地が近くにある。お陰で春はスギ花粉が飛散する。
そんなこの地域は、僕には灰色に映る。
商店街は潰れ、中規模のスーパーがいくつか建った。お気に入りのゲームショップもいつの間にか服屋になっていた。
そんな没個性的なこの街は灰色そのものだ。
「ねぇ、聞いて。昨日のアニメ、すごく良くなかった?」
「あ!俺も見た。かっこよかったなぁ主人公」
「そーそー!あの剣さばきと、最後のセリフ!」
「俺もう学生やめて剣士になろうかな?修行するからつきあってよ」
「何するの?」
「とりあえず先端恐怖症克服する」
「そこからかよ笑笑」
お互い、家に帰るとお喋りになる。
今日あったこと、互いの趣味の話、冗談
学校では口下手なのに、文字と文章だと永遠に話しつづけることができた。
僕はこの時間だけ、灰色の世界から抜けだした気分になれた。
僕と彼女は友達だ。
何なら親友と言ってもいい。
けど、不思議と付き合いたいとは思わない。
ほら、恋愛ってもっと刺激的で新鮮なもののハズだろう?
でも、僕らのは違う。
物凄く落ち着くし安心する。
心地の良い時間。
これ以上ないバランスで保たれた、かけがえのない時間なんだ。
家に帰って、塾に行って、帰ってきて、
その後の優しい紺色に包まれた時間
親に気づかれないよう、僕らはメッセージを送り合う。
ただ、時々怖くなることがある。
彼女は他に好きな人がいるんじゃないかと。
いつかこの関係が終わってしまうのではないかと。
でも、他の人に取られないために、キープのために彼女と付き合いたくはない。不誠実じゃないか、そんなの。
だから14の僕はひそかに願う。
飛び級がしたいと。
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