みんなで「違う」体験をする
テレビをつけても、noteをひらいても、コロナの文字。少し休憩の意味を込めてちょっと話題から離れたいなぁと思う。
今回の影響で今後は、人が集合する価値とパーソナルな体験価値、両方味わえるものが強いコンテンツになってくる予感がある。
では、「体験」とは何なのか。
日々の暮らしは体験の連続である中、サービス提供のひとつとして、あえて「体験」と銘打つにはどんな価値が必要だろうか。
今日はその価値を考えていくためのメモ。
「体験」から「経験」へ。
調べると、「体験」とは行動すること自体を指し、体験を通じて学びを得られると「経験」になるという。つまり、「体験」には広く浅く提供するチャンスがある。そこで自分に何かが刻まれると「経験」に変身するようだ。
先程、アド街ック天国を見ていたら、プラモデルをつくりながらお酒が飲めるバーが紹介されていた。
みんな、自分のプラモデルを持ち込んで話したり黙ったりしながら熱心につくっていた。つくりかけの場合、お店で保管もしてくれるという(プラモキープと言うらしい)。
自宅でひとりでもできることを、お酒を飲みながら、話しながらつくる。
これは体験?
このお店のメインターゲットは、プラモデルをつくること自体は「体験」の目的ではなく、別の価値を求めている人だろうと想像する。
例えば、「同じ趣味で盛り上がりたい」を目的にした場合、お店は一度きり→自宅という場合は、「経験」ではなく「体験」になる。
しかし、マスターや集った人と楽しく話せたり、知識や技術をシェアするなど濃密な時間を過ごせたなら、一度きりの訪問だとしても「経験」として記憶に残るかもしれない。
何度か通い、「体験」を積み重ねるとそこでの「体験」は確実に「経験」へと変化していく。
みんなで「違う」体験をする。
「体験」が「経験」になったとき、はじめ興味半分の気持ちは、すっかり気になる存在へと進化しているように思う。
そうすると、提供すべき「体験」とは、次の行動へとつながるものを目指したいと思う。
おそらく、「体験」を通してお客様に感じてもらうことは、「楽しかった」で十分で、「他にもやってみたい」「あれはどうなっていたんだろう?」という欲求につながることができたなら、次なる接点の可能性が見えてくる。
プラモデルバーには、「経験」に発展する種がたくさん見つかる。
・未完成品をキープ(再来店のきっかけ、完成させたい欲が生まれる)
・みんなが違うものをつくっている(世界の深さに興味を持つ)
・ひとと話せる(同じ趣味を深められる)
・みんな得意分野がそれぞれ(技術のシェア)
など
人と集うイベントを企画しようとすると、みんなで同じことをしようとしがちだが、「みんなで違うことをする」が人の興味を進化させるヒントになるかもしれない。
大きなくくりを同じにしてお互いの興味の範疇を保ちながら、していることや得意分野が異なることで、誰もが主役になれる。
この考えなら、つくる人だけでなく、使い方を話せる人が混じってもよくて、つくり手と使い手を結びつける場にもなるかもしれない。
プラモデルバーの魅力を見ると、おそらく集う場がオンラインになっても成立すると思う。
オンライン上で集まると、メンバーの背景には様々なプラモデルが並ぶ自室が映っている。「それって…」という話になるのは必然だ。
プラモデルをつくらない人が気軽に参加しやすくなる可能性もある。
現実はいつも、動いている。
その場にいない強み、がオンラインにはある。
とはいえ、私には動画やオンラインで画面を通じての会話にまだ少し苦手意識がある。
そんなとき、心強い言葉を耳にした。
「現実はいつも動いている。それを止めていくことも芸術の力」
(グラフィックデザイナー 原 研哉)
ふむ。現実はそもそも動いている。
だから「動画」を特別視しなくてもいい。また、切り取って静止させていくことはとてもクリエイティビティ。時代に右往左往することはない。
人の後押しがあって、人は体験しようとする。
自分の体験を持って、経験を積んでいこうとする。
私はどんな「体験」と「経験」を提供していけるか、これを機にゆっくり考えてみたいと思う。
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