口が裂けても、私かわいい
「私、キレイ……?」
世の中、イメージ通りにいかないと怒る人がいる。
私たち、口裂け女は品のある美しさや慎ましさを求められているらしいが、それが気に食わなくてしょうがない。
だって、あたしはタヌキ顔の童顔で小柄。ちょっと胸は大きくてあざとい。得意技は上目遣い。
そう、口裂け女には似つかわしくないルックスをしているからだ。
きっと普通の女だったら、森香澄とか長濱ねるとか、もっといえば有村架純ぐらい人気が出たと思う。
はぁ、憎いぜ。神様。
今日も夕暮れの交差点で私は子供たちを待つ。
しかし、私のところに“獲物”はやってこない。
この辺りでは黒髪ロングで切れ長の目をした長身美女・佐和子さんが幅を利かせている。
「私、キレイ?」から始まる一連の会話で、子供たちを食い散らかす。
オカルト雑誌に何度も何度も載ったり、知名度も抜群だ。
あんなキレイな人に敵いっこない。悔しい……。
私はダメダメだ。
「私、キレイ?」と聞いても「ううん、キレイっていうかかわいい」とか「口裂け女のコスプレ? ウケる」とか言って交わされる。
なんで童顔巨乳に生まれたかな。口裂け女なのに……。
合コンに行ったらモテるだろうな。パパ活したらめっちゃ稼げるだろうな。
そんな戯れ言を言っては今日も道端で途方に暮れる。
かわいくなんてなりたくない。キレイって言われたい。
ママに口が裂けても弱音を吐くな、と言われたけど。私、もうダメみたい。
デパートで大人向けのメイクをしてもらっても、香水を振ってもダメ。
何をしてもうまくいかない私は、痩せこけてホームレスになっていた。
老人たちにかわいがってもらっても、炊き出しを食べても私は満たされない。”獲物”の血と肉がほしい。
「……私、キレイ……?」
消え入るような声で、子供に声をかける。
「お姉ちゃん汚い。ちゃんとお風呂入ったらキレイになるよ」
天使のような笑顔に口先がはち切れそうになる。
ママがいないからと言う子供の家に招いてもらい、シャワーを浴びた。
この小柄で丸みを帯びた体。グラビアアイドルなら天下を取れただろう。
でも、私は口裂け女。
バスタオルを巻いて、子供に会釈をする。体が血を欲しているのを感じる。
止められない。口裂け女の宿命だ。
「ねぇ、私キレイ?」
「うん、キレイ。よかった」
息を呑む。ついに来た。
「これでも――?」
マスクを取って、避けた口元を見せる。
「へぇ、お姉さん、アタシが見えるんだ」
不気味に笑う子供。
「え?」
私は子供の長い爪で切り裂かれていた。
この子、人間じゃない。でも、何かは分からない。
化物はゆっくりと足から私を舐めて溶かしていく。
日本中にいる男たちに100%受ける、潤んだ瞳の上目遣いで助けを求める。
でも、口裂け女の私には意味がない。
キレイになりたかった。