車道側を歩いただけじゃん
終電までもう少し、恵比寿駅の西口。薄暗い階段の前で俺は粘っていた。
始まりもしなかった恋を終わらせたくなかったから。
ワインで酔った心と火照って熱を帯びた体を持て余したくなかったから。
友達が恋人にならなかったから、じきに友達でもなくなると思ったから。
「他に好きな人がいるんだ」は、ずるいと思ったから。
さんざん、好きな人とやらのことを聞いた。
「要するに――その人、すごくいい人だから。ダメ、そんな理由じゃ?」
「別にダメとかないけど。長々聞いたけど、その人、車道側歩いてくれただ けでしょ」
「は? そこだけ切り取る? でも、そういう紳士的な人、憧れてたの」
「――誰でもやってるよ、そんなん」
「でも。タクトはやってくれなかったじゃん。いつもテキトーじゃん」
「まぁ車道側を、ドヤ顔で歩こうと思ったことはない」
「ほら」
「で、整理しようよ。いい人って何?」
「え。だからそういう紳士的なところ」
「紳士っていい人なんだ、へぇー。車道側って紳士の通り道なんだ」
「そういうとこ! タクトのこと――無理なの」
「…………いまフラれた?」
「いや。さっきフってるし」
「車道側歩いて、窓側の席に座らせて、エスカレーター後ろから支えて。
ワインそっと注いであげて。タクシーにそっと乗せて?
そんな男、ごまんといるじゃん」
「その中から選んだの」
「出た、選んでるじゃん、結局。理由、それじゃん」
「マジ、だるい。もう会うのやめよ」
会えなくなるのはイヤだ。沈黙は割と長く続いた。
「…………ごめん」
「そろそろ大人になりなよ」
「フっておいて注意までしないでよ」
「注意っていうかアドバイス」
「…………終電、大丈夫?」
「今さら」
「ほら、俺もできっから、紳士的なこと」
「…………もう。やばいね、末期だね」
「幸せになりな、じゃあ」
「は? 何? こっちが悪者みたいに」
「悪者だろ? 人を落ち込ませるヤツは悪者だろ」
「落ち込ませるつもりなかったし!
仕方ないじゃん、恋愛ってそんな感じじゃん」
俺はわざとらしく、ため息をはく。
「好きな気持ちって嫌いな気持ちに絶対負けるよな。これ、おかしいよ」
「は?」
「じゃんけん、じゃん。好きな気持ちがグーなら嫌いな気持ちはパー。
勝ち目ないし」
「また意味わかんないこと。じゃチョキ出せば?」
「チョキってなんだよ」
「――友達でいよう、とか」
「…………け」
ガタンゴトン、ゴトン。エビスビールのBGMが聞こえる。
本日最後の山手線がやってきたみたいだ。
「帰るね。ありがと、ごちそうさま」
「…………なんかいろいろ言ってごめん」
「また」
「…………うん」
改札を潜り抜けていく君。小走りがかわいい。
振り返って小さな掌を広げて手を振る。
やっぱりずるい。
俺は胸の前で控えめにピースをした。
「――友達、かぁ」
恋愛がじゃんけんだとしたら。
めんどくさいなぁ、いろいろ、人生。
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