ハムの人
私はハムの人だ。
しかしながら、某精肉メーカーの営業マンではない。驚かせてすまない。
私は警視庁公安部に勤める中年男性だ。
エリートといえばエリートだが、それをひけらかすことができない。なぜなら、私たちは自分が公安だと名乗ってはいけないのだ。それは親や友達にもだ。
一緒に暮らす親には警察の生活安全課のヒラと伝えてある。友達とコンパに行ったときもそれを話すことはできない。
実家暮らしのうだつの上がらない警察官。多くをしゃべらない暗そうな雰囲気。
それゆえ私はモテない。いまだに彼女ができたこともない。公安なのに……だ。
地下鉄爆破テロや大使館での違法賭博や某国への情報漏洩を防いだ輝かしい実績もある。こんなことを話せばモテないはずがない。
しかし、仕事柄それを話せばハムから離れなければならないのだ。
見た目も派手になってはいけない。高級ブランドで身を固めたりホワイトニングもできない。
庶民に紛れ込む潜入捜査ができなくなるからだ。だからオシャレに無頓着なのだ。
それゆえに女性の裸を見たこともない。
潜入先のバーに通う美咲さんに本気で恋をしたこともある。いや、今もまだ忘れられない。
しかしながら、顔を覚えられたら終わり。美咲さんには偽名を使い、当たり障りない話だけで会わなくなった。
今年で37歳。こんなことでよいのかと、ふと思った。テレビで大家族特番を見たときだ。
国を守る前にすべきことがあるのではないか……。
私はハムを抜ける決心をした。
しかしながら、テロの魔の手が忍び寄ってきていた。
クソ。クソ。
ハムと名乗りたい。
私は今日も作業着で町を練り歩く。