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月夜におかわりを頼んで

宇宙飛行士選抜試験に落ちた、というと同僚のヒキがすごい。
2次審査まで進んで、あんなことやこんなことをしたと語ると
皆が僕の発する言葉に耳を傾ける。
でも、僕は話が苦手だ。
5分で最大瞬間視聴率はグッと低下する。

「しゃべらなくていい」
そんな理由で宇宙飛行士を目指したのは高校時代。
水泳部に入り、マラソンを日課にして三半規管と肺活量を鍛えた。

でも、そんな努力何も報われなかった。
面接でボロボロだったからだ。
「志望動機は……」
部屋が宇宙空間のようにグルグルぐるぐると廻ったかと思うと、
面接は終了していた。
とある病気と受診されたこともあるが、ばからしいと薬も認知治療も断った。

そんな僕が今、SEとして働いている。
中途入社ゆえ、友達もいない。

帰りによるご飯おかわり無料の店に寄って帰る日々だ。

「……いらっしゃいませ」
そこで、必死になっておひつを交換する店員がいた。サラサラの髪でえくぼがかわいい。でも笑っているところを見たことがない。
どうやら不器用らしい。勝手に親近感を覚えるのが気持ち悪い。
おかわり待ちで立っている僕が余計に彼女を焦られるらしい。

そんな彼女と出会ったのは、月がきれいなある日のことだった。

ただのしがないSEが宇宙に思いをはせている。なんとも情けない。
彼女はエコバックを持って、おそらくバイト帰りの道を歩いていた。

知っている顔だ。二人は目を合わせる。
でも、そこで、出会って、次の日には朝日を見に行くために海へいくことなどなかった。

2年後。SEとしてうだつが上がらない日々を過ごしていたころ
彼女は一般事務職で転職してきた。
「えっと。前は、フリーターでした」と彼女は言う。
椅子を半分振り返り、社員たちが会釈する。
おかわり自由の定食屋、と僕は心で繰り返した。

そんなある日、宇宙飛行士選抜試験が数年ぶりに実施されるニュースを知った。

僕はサイトで応募用紙をダウンロードする寸前で手を止めた。

だって。
無口で友達がいなくても、好きな定食屋があるし
好きな子がコピー機を直しているし、夢ができたからだ。
「あの子をプラネタリウムに誘うこと」

あの子はずっと、コピー用紙の詰まりを直せずにいる。
今だ。

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