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引きこもりたちの脱出ゲーム

目が覚めると真っ白な壁が広がっていた。

壁に囲まれた広々とした部屋に俺はうつ伏せになっていた。
その眩しさに俺は目を細めて、思わずため息をつく。

この真っ白な部屋に漫画やアイドルのCD、食べ物の残骸の山々はない。
すなわち俺の部屋ではない。それだけは理解できた。

俺は15年来の引きこもりだ。
実家の二階にある6畳の一室にずっとずっと生活してきた。
さっきまでは――。

意味不明。なんでここにいる?

確か昼過ぎに「8倍辛いカップ焼きそば」を食べて、うたた寝していたはず。舌がしびれるほど痛かったけれど8倍の辛さぐらいじゃ俺には余裕だった。はず。

現実に目を向けたのは30秒ほどだった。
アホらしい。悩むなんて。考えるなんて。
真っ白で何もない部屋に一人取り残された状況から逃げるように、俺は横になっていた。

これが俺のやり方だ。

部屋から出ることを拒んできた人間が、部屋から出ようと必死になるなんて矛盾しているじゃないか。

誰かが俺を改心させるために仕組んだ罠だとしたら、俺はそんな手には乗らない。俺はもうただの引きこもりじゃない。
選ばれし引きこもりだ。

ゴゴゴゴ。
轟音で目が覚めると、白い部屋がかなり狭くなっていた。
どうやら時間が経つと壁が狭まってくる仕掛けになっているらしい。
つまり、いつか押しつぶされて死ぬということか。

やばいかも。
8時間ぶりに、現実に目を向けた。
俺は引きこもりだが、世の中に悲観していない。死にたくはない。
アニメの続きも見たいし、見ていないVRのAVも山ほどある。

生きたい。
俺はようやく重い腰を上げて、白い壁の四方に刻まれた暗号と中央にあるサイコロサイズの穴を見て回った。
右から「友達」「家族」「自分」「他人」と書かれており、よく見るとその文字の下が押しボタンのようになっている。

穴から紙が落ちてきた。
「タイセツなモノカラ順に押シテイケ。回数は4回ダ」

くだらない説教のような謎解きを出題されて、うんざりした。

俺には友達はいない。家族も嫌いだ。自分のことは考えることを避けてきたが、他人には興味があった。
赤の他人の不幸が俺の生きがいだ。

「よし」

俺は「他人」と書かれた角のボタンを4度押した。

ガタ!
天井が一瞬開いて、知らない男たちが落ちてきた。
壁も動き出し、元の広さに戻った。

落ちてきた彼らは、パジャマ姿でいかにも引きこもりだ。

再び、穴から紙が落ちてきた。
「ノゾミ通りタイセツなモノを渡シタ」

真っ白な部屋に、顔も名前も知らない引きこもりの男女が5人そろった。

やはり俺と同様に、しばらくしてそいつらは寝始めた。
さすが、選ばれし引きこもり。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

俺たちは気が合った。
思えば、引きこもりとしゃべるのは初めてだった。
大した会話をしたわけでもないが、最高の時間だった。

俺たちは餓死するまで楽しい日々を真っ白な密室で過ごした――。





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