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西新宿17時の美女

雨のバス停は風が吹き荒び、最高に居心地が悪い。
でも、ここに待っていればあの人に会える。髪の長い巻き髪のあの人。
亡くなった母によく似たあの人。

「西新宿8丁目~、西新宿8丁目」
バスの扉が開いて、あの人が降りてくる。
MDからシャカシャカと漏れ聞こえるイヤホンの音から懐かしいJポップが聞こえてくる。
「またいたか……」
「……はい」

「高校生なんだから、高校生らしいことしなさいよ」
タバコの吸える純喫茶で、彼女は笑う。
「いいじゃないですか」

彼女は最近買ったカメラ付きケータイを見せてくれた。仕事場で一番早く手に入れたの、と嬉しそうだ。バキバキの顔写真はまるでイラストのようだ。

周りはスマホを使っている人ばかりなのに、彼女はそれに触れないし、気づかない。

まさか――。自分が過去から来ていることを知っているのだろうか。

今が令和であることを言ってはいけない気がして黙っていると、コーヒーでシワシワになった経済新聞を読みながら彼女はため息を吐いた。

「不景気って最悪よね。アナタがうらやましい」
今なお日本は不景気で困り果てていることも当然言えない。
彼女に希望を見せないといけない。でも、何を言えばいいか分からない。

「都庁の展望台、行きませんか?」
西新宿のそれらしいデートスポットが思いつかず、僕らは都庁へ足を運んだ。展望階は無料でお金も使わないしちょうどいい。

雨が上がって気温が高くなる。僕は学ランを脱いで白シャツになる。
やせっぽちた体が目立つからあまり学ランは脱ぐたくないが、汗が止まらないからしょうがない。少し大人で賢い彼女といると胸の鼓動が高鳴るのだ。

「ねぇ、あのタワー何?」
彼女が東京スカイツリーを指さしている。
「え、えっとですね……」

やはりそうだ。彼女は過去からやってきた人だ。
東京スカイツリーを知らない現代人はまずいない。
僕は必死にごまかそうとしたが、彼女が僕の手を止める。
「――教えて」

「あれは東京スカイツリー。635メートルで日本で一番高い」
「へぇ。初めて知った。でも富士山のほうが高いけどね」
彼女の冗談にヘラヘラとできない僕は次のブロックにそそくさと足を進めた。

彼女はスカイツリーをじっと眺めていた。

さっき、喫茶店に行ったばかりなのに、展望カフェに寄った。

彼女はソフトクリームの食べ方を知らなかった。
コーンの真下からアイスをすすっている。
垂れるクリームをぺろぺろと舐めている姿が滑稽だ。

ん? ソフトクリームは昭和からちゃんとある。


この人、いつの、どの時代から、やってきた人なんだろう。

彼女が眺めていたのは、スカイツリーではなく、空だった。
空のずっと奥。空のずっと高いところを――。

この人、何者なんだろう。
でも、やっぱり好きだ。



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