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トンネルを抜けてマドを開ける

まだ昨晩の雨が乾く前、朝陽がぬるい。

実家に帰る日の朝はいつもより早く目覚めてしまう。楽しさ半分、面倒くささ半分。
でも、ホントの胸中は本人ですらよく分かっていない。フワフワとした感じは何年経っても変わらない、
毎年、お盆と正月のルーティーンはこんな感じだ。

北陸新幹線はトンネルが多いから電波が不安定で、サブスクの映画を見るには適していない。
かと言って、新品の文庫本を読むには時間がなさすぎる。
『かがやき』に乗って2時間7分で到着する我が地元。
しかたなく前の網棚に置かれた「旅の本」をペラペラとめくりながら、どんどんとビルから畑、森林、雪山へと変わっていく光景を眺めている。
トイレに行ってみる。座席は快適になったがいつまでも進化しない便器に座るが、お尻に反応はない。

長いトンネルを抜けると、あっという間に日本海が見えてくる。ここで電波の復活したスマホにLINEが押し寄せる。
順番に返信をしていたら、もう駅にたどり着く。

駅裏のタクシー乗り場で母親の車を待つ。まだ黒のホンダ・ライフはない。
僕は、駅裏のほの暗い感じが昔から好きだった。
夜21時を回ると新幹線開通とともに“魔改造”されたキレイな駅前も人の気配がまばらだが、駅裏はマジで誰もいない。
それは上京する前から変わっていない。

母親の車が到着する。
ドアを開けて、わざわざ麻布十番で買ったかりんとうを渡すが、リアクションは薄い。
きっと母親はもう眠いのだろう。
そう、いつのまにか歳を取ってしまったのだ、みんな。
つまり、自分も。
だから「これ、麻布十番てとこのながやぜ」とか自慢するわけでもなく、そっと後部座席に置くだけ、だ。

母親が突然「あんた身長何センチだっけ?」と聞いてくる。
「え? 168ぐらいやけど」
ふいを突かれても出せる方言は、自分の特技のように思えてくる。

「あ。そうやっけ。じゃあ大野君と同じぐらいやね」
「大野君? ……嵐の?」
「そう。――さ、シートベルト付けられま」
「うん」

久々に再会した息子に聞くことか。と、呆れるが、そういえばこんな人だったなと思いながら、真っ暗闇の市街地を走っていく。

法定速度順守の中古車・ライフが国道41号線をのそりのそりと進んでいく。

あれから僕は何かを信じてこれたかなの感じで、窓をそっと開けてみる。
冬の風の匂いを感じる前に、凍てつくような寒さで頬が痛くなった。

あ、帰ってきたな。と思った。

家につく。「ただいま」か「おじゃまします」か悩んでいると、母親が玄関の電気を付けて「おかえり」ではなく、「ありがとうね」と言った。


スニーカーの雪をはらって、昔みたいに「ただいま」と言ってみた。

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