草臥れた早朝のレイトショー
映画好きだから映画館でバイトを始めたけれど、ほどなくして映画が嫌いになった。
だって。みんな映画がすっごく好きだから。どいつもこいつも映画を見漁っていたり、映画を批評していたり、映画館を巡っていたり。
正直、きついねん。
俺のアイデンティティを奪い去った、そんな同僚の学生アルバイトはどうもいけすかなくて友達になれそうにない。
そうこうしているうちにみなが避けるレイトショーのシフトに入るようになった。憎きシネフィルたちはこのバイトをしたがらない。
終電がなくなり朝まで暇だからだ。
こいつらにゴールデン街で酒をあおるという発想はない。
都内のターミナル駅にある映画館とはいえ、レイトショーは退屈だ。客が来ないし、スナックの類も売れない。
スケベなカップルたちの映画鑑賞の不貞を見守るぐらいしかやることがない。
当然そんなことは起きるはずもなく、くたびれた体がジワジワと重くなり、眠気だけが溜まる。
日中と100円しか変わらないのだから、そりゃやりたがるバイトもいない。
でも、俺は自分を”殺した”映画好きといたくない、という理由だけでレイトショーのバイトを勤め上げた。意味の分からない意地だ。
別に俺は映画を評価したいわけでもない、映画を撮りたいわけでもない。
ちょっと、他人より優越感にひたりたかっただけ――。
それが高校時代の俺の、俺だった。
7月の早すぎる熱狂を持ち込んだ朝。
映画館を出た角で、缶コーヒーを飲んでいると、社員の山岡さんに会った。
20代後半、タヌキ顔に黒縁眼鏡をかけたサブカルガールだ。
彼女は俺に会釈だけして帰ろうとすると、踵を返して戻ってきた。
「……わかるよ」
「はい?」
「あたしも、おんなじ、だったし」
レイトショー明けですっかり充血しきった目と目が合った。
空調がガンガンに効いた、安すぎる昼間のラブホ。
天井を見ながら俺たちは、映画みたいなエッチをした。
あいつらに言わせたら、たぶんつまらない映画だろう。
「ほっとけ」
山岡さんは笑ってくれた。
映画みたいな間(ま)になるのが嫌で、俺は映画っぽくない行動を取ろうと、映画っぽくふるまっていた。
「ほっとけ」
俺もつぶやいた。