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だし割りと恋愛小説
昼前から酔っ払いが歩いている。おおよそ東京都内とは思えない風景。
あたしは上京してから4年、そんな不思議な町に住んでいる。
かくいうあたしも昼飲みが嫌いじゃない。
立ち飲みのおでん屋で、おでんだしを注いだワンカップ酒を飲みながら、文庫本を読むのが週末の日課になっていた。
彼氏と別れて2年。ほぼ結婚詐欺のような別れ方、振られ方をしてからあたしは恋愛にみじんも興味がなくなっている。
でも、世の中を生きるには男女関係は無視できない。歩いていればカップルにぶつかるし、今読んでいる小説も青春ものと言いつつ、恋をしてやがる。
俗世から離れるには、飲むしかないのだ。だしの風味と唐辛子が効いただし割りワンカップを。
ほろほろと酔ってくるころに、第2章を読み終える。アタシでも書けそうだなと思うのは文学部出身のよくないところだ。
今は文学とは無縁の、植物園の事務をしている。
でも、そんな日常は終わりかけていた。
インスタやらYouTubeで、この都内とは思えない飲み屋街がさんざんっぱら紹介されて、若者たちでごった返すようになったのだ。
来るもの拒まず、去る者追わず。そんな陽気で狂った町だからこそ、そんな流れを止めることもせず、気づいたら原宿や新大久保のような若者の聖地となり果てていた。
ちっ、うるせいなあ。この道50年の酔っ払いが舌打ちをしているが、若者の笑い声にあっという間にかき消されてしまう。
アタシの居場所もなくなった。だし割りの店は20分制になり、ゆっくりと読書などできなくなってしまった。
横でいちゃつくカップルの言動が香ばしくて、内容など入ってこない、入ってこない。
恐竜や原始人や原住民たちもこうやって消えていったのかと思うと、だし割りもいつも以上に体に染みる。
隣にいる短パンのお兄さん。全然タイプじゃないけど声をかけてみるか。
逃げちゃダメだよな。
アタシは文庫本を閉じて、だし割りを飲み干した。
「ここ、よく来られるんですか?」
お兄さんは会釈をして、スマホを観始めた。
逆ナンパをするようなツラじゃない。
アタシはこの町を出ることにした。
そんなところで恋愛小説は終わっていた。
小説は自由気まま、独りよがりだ。
「ここ、うずらの入ったはんぺん、おいしいですよ」
「……そうなんすね」
「よかったらどうぞ」
だって。
アタシの人生は続くから。
大丈夫、アタシはまだそんな酔ってない。