#消えないで、絵炉本
雑多なデスクをかき分けないと取れない電話が鳴り響く。
「もしもし、もしもし、もしもし。おたくの雑誌、近くのローソンになかったんやけど」
「はぁ……。少々お待ちください」
編集部宛に、高齢の男性から問い合わせの電話がかかってくる。それも一件や二件じゃない。
しわがれた声で必死にエロ本のありかを聞き出そうとしてくる。そこには狂気を超えて情熱すら感じる。
「今月号楽しみにしとったけぇ。車で乗せてってもらって買いに行くんやけどないんや。どこにある?」
小説や漫画の編集をしたかった私たちからしたら、エロ本作りは望んだものではなかったけれど、こういう老人がいると感じたことのない境地に達する。
読者がいるという事実。面白がってくれているという賛辞。なぜかキレられるという不条理。
モチベーションが上がるわけでもない。社会に認められたとも思わない。
問い合わせた老人に折り返しの電話をかける。
ホントはメンドくさい。
おじいさんは死んでいた。死因は分からないが急な死で昨日まではピンピンとしていたらしい。
デジタル化が進んでこの先もう拝めなくなる世界。
最後に見せてあげたかった。
だから私は少しだけこの仕事を好きになろうと思うことにした。
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