「ヒクソス」は異民族の総称か、それとも王の総称か?

エジプト考古学者の河合望先生が以下のツイートをされていました。


ここで私が驚いたのが、先生が「ヒクソス」を集団ではないとされていることです。リンク先のWikipediaにもある通り、私はヒクソスはエジプトへ流入した異民族の総称であると考えていたのです。調べてみると、この他にも第15王朝を統治した王の総称としている例もありました。

この機会に、各文献でのヒクソスの定義をまとめたいと思います。

「異民族の総称」派

Hyksos 中王国末期にエジプトへ流入し、王朝を建てたアジア系民族。

山川出版社, 世界史用語集 (2016)

前18世紀頃東方からエジプトに侵入した異民族の名。

ブリタニカ (2014)

古代オリエントの遊牧民族。

大辞林

小アジア、シリア地方にいたセム系種族を中心とする遊牧民族。

大辞泉

第2中間期後半の主役となったのは、西アジア出身の異民族ヒクソスである。

禎亮; 屋形, 世界の歴史I 人類の起源と古代オリエント (1998: 444)

このころ、国力が弱体化してきたエジプトに、民族移動の波が入り込んできたのです。下エジプトへの侵入はすでに中王国時代末から始まっており、少しずつまとまってしだいに大きな集団となっていったようです。それがのちに「ヒクソス(古代名のヘカウ・カァスト「外国の支配者」に由来する)」」と呼ばれるようになりますが、ある特定の民族集団ではないことが、その呼称にもあらわれています。

松本; 弥, 古代エジプトのファラオ (1998: 144-145)

These six kings, their first rulers, were ever more and more eager to extirpate the Egyptian stock. Their race as a whole was called Hyksōs, that is "king-shepherds".

Gardiner; Sir Alan, Egypt of the Pharaohs (1961: 156)

...a new group of Asiatics, who would persue a far more aggressive policy that would soon engulf the whole of northern Egypt. This group is known to history as the "Hyksos".

Dodson; Aidan, The complete royal families of ancient Egypt (2004: 101) 

異民族王朝を樹立したのは、ヒクソスというアジア系の人びとである。…中王国時代の終わりころ、彼らはデルタ東部に定住し始める。

作治; 吉村, 古代エジプトなるほど辞典 (2001 :120)

「王の総称」派

"Hyksos" was originally a common designation for foreign rulers, but it became … the official designation of at least the first three of the six kings of the fifteenth dynasty (although the Turin Canon lists all six with this designation).

Mirza; Umair, Oxford Encyclopedia of Ancient Egypt, Vol 2. (2001: 136)

A series of Semitic kings was biggining to ssume control in the eastern desert and Delta regions of Egypt. These rulers, the 15th Dynasty, are known as the Hyksos. "Desert Princes", often inaccurately referred to as the "Shepherd Kings"

Clayton; Peter A., Chronicle of the Pharaohs"(2006: 93)

(コメント)Oxford Egcyclopediaは信頼性が最も高いように見えます。

その他・不明

古代エジプトを一時期支配した異民族とその王朝。

広辞苑

古代エジプトの第15、16王朝を形成したアジア人。紀元前3世紀のエジプトの史家マネトーはヒクソスについて最初に記述した人で、ヒクソスの意味は「牧人王」であるとした。今日では「異邦人の君侯」の意とされている。

傳六; 酒井, ニッポニカ (2013)

The invaders from western Asia are commonly known as the Hyksos, a term derived from the Egyp-tian expression heqa khasut, “Ruler of Foreign Lands,” a phrase the first three Hyksos rulers used in their own titulary.

Leprohon, Ronald J, The Great Name: Ancient Egyptian Royal Titulary (2013: 102)

まとめ

以上ひとまず14例を集めましたが、ヒクソスを集団と扱っている例は日本・外国ともに見られます。一方、私が発見することができた日本語文献の中には、ヒクソスを王の総称だと定義しているものはありませんでした。
両方の例が確認されるため、現時点では専門家でも見解が統一されていないと結論づけます。


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