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今だからこそ、SETメンバーが抱える想いとは(CMSP編)

この記事は2020年3月31日に投稿されたものです。
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新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、SETでは春の主要事業をすべて中止するという決断をしました。
 
主要事業の一つであるChange Makers Study Program(CMSP)は2月24日から3月15日まで三週にわたって一週間ずつ地区ごとに町おこしプログラムを行う予定でした。
スタッフの大学生たちは半年前から、それぞれの最初で最後のCMSPのために準備を進めていました。
中止になったことで、これまでしてきたことが無駄になってしまったのではと落ち込んだスタッフもいた中、東京にいてもできることはあると各地区のスタッフ陣は、東京で広田を想ってのアクションを起こしました。
今回は、アクションを終えたCMSPの大学生スタッフたちに、今だからこそ感じていることを聞いてみました。

 
「町のために、と想い続けることはできる」


「町にウイルスを持ち込まないためだとか、これからの町との関係を考えて、いち早く判断したのはすごくいいことだと思いました。」
中止の知らせを聞き、そう感じたのは、ちょうど一年前の3月にCMSPの参加者として中沢浜で活動し、今回スタッフとして同地区で準備をしてきた角田華純さん。プログラム中止を知ったときは、町のことを考えた前向きな判断だと思いつつも、中止になって残念だと言ってくれた町の人や、行きたかったと言ってくれた参加予定だった大学生、学生生活の最後をCMSPに向けていた4年生のスタッフのことを想うと「やりたかったなあ」「どうして今?」ともやもやしていたそうです。

(右側が角田さん 中沢浜のていこおばあちゃんと一緒に)

 
「改めて、なぜ広田で活動をするのかということや、『誰の何のために』を深く考える時間を確保できたのではないかと思っています。」と、中止が決まった後しばらくして少し落ち着いたときに思ったそうです。
中沢浜チームの東京でのアクションについては、「少しでも広田のためになれたら、町の方の本当の想いに近付きたいという気持ちで、駆け抜けたつもりです。
本当にそれができているのかをきちんと振り返ることや、いただいた声に丁寧に耳を傾けることがこれから私たちにできることなのかなと思います。広田や広田にいる町の方を想ったアクションになっているか、正直どきどきです。直接反応を見たかったなという気持ちや、一方的になってはいないかと感じることがたくさんありました」と話してくれました。

 

「仲間のおかげで、気持ちが晴れて前を向けた気がした」


「中止の話を受けた後は、頭が真っ白でした。中止の話を聞いた時の風景は、今でも鮮明に覚えています。気持ちの整理は全くつかなかったです。」
 
 大学四年生ということもあり、最後のCMSPがなくなってしまった事への衝撃が大きかったと話してくれたのは、今回が小袖地区二回目のスタッフとなる佐藤宏太さん。小袖地区は、プログラム二日目に中止が決まった地区でした。
町の人に電話で中止を伝えたときは、直接会いたかったという気持ちでいっぱいだったという佐藤さん。加えて、二日間だけでも楽しかったと言ってくれた参加者の大学生にも、まだまだこれからだったのに、という気持ちもあったといいます。
 そんな佐藤さんが前を向けたきっかけは、スタッフの仲間の存在でした。

(小袖のふみさんとの一枚)
 

 「広田から帰ってからは、本当だったら今日は本番四日目か、と考えたりもしました。東京でできるアクションを考えようとはなったものの、完璧に前を向けた気がしませんでした。そんな時、チームでビデオミーティングをして、みんなの楽しそうな姿を見たら気持ちが晴れる感覚がしました。
そこからは前を向いて、東京から出来るアクションに取り組めました。町の人へのビデオが出来たときは、達成感でいっぱいでした。」
 
 

「町の人と会えることは、当然のことではないと気づいた」


「中止の話を聞いた時、いつもポジティブなみんなが絶望した顔をしていました。仲間たちのこんな顔初めてだと感じて、涙が止まりませんでした。当たり前だと思っていた、町の人に会えていたはずの明日が、急になくなってしまったと思いました。」
 そう話してくれたのは、今回喜多地区で初めてスタッフとして活動を始めた伊東沙璃香さん。参加者として活動した前回のCMSPが小袖地区だったため、最初は着いていくことに必死だったそうです。
スタッフの仲間たちにたくさんのことを教えて貰いながら取り組んでいたCMSP。この人のために頑張りたいという町の人が出来、その方のためのアクションに向けて取り組んでいた矢先、喜多地区もプログラム二日目に中止が伝えられました。

(東京でのアクションの様子)

「東京に帰ってからは、気持ちを切り替えることがなかなか出来ませんでした。気持ちを切り替えられたのは、ビデオミーティングで〝コロナで中止になってしまったからこそ出来る町づくりをしよう〟と言われたことがきっかけでした。今回のCMSPがあったから生まれた物があると思えるようになりたい、とその時感じました。実際に東京からアクションプランを行ってみて、東京からでもアクションできるんだ、と改めて感じました。」
 

「本番ができなかったからこそ、伝えられたこともある」

「卒業旅行で海外にいた時に、リーダーからの電話で中止を知りました。ここからやるぞ、とわくわくしていた時の中止だったので、電話では泣いてしまいました。町の人に想いを届けることができないんだ、とその時は思いました。」
 伊東さんと同じく、小袖地区の参加者から今回大陽地区のスタッフとして活動を始めた高橋真優さん。初めてのスタッフで慣れないことも多かったものの、スタッフの仲間や町の方のおかげで成長を感じられた半年間だったと言います。
 旅行先から帰ってきた後は、情報過多でどうしたら良いのかわからず、活動に対するモチベーションが下がってしまった時もあったそうです。しかし、ミーティングを重ねていくうちに町の人が喜んでくれたら良いな、という思いが強くなり、自然とモチベーションも上がったと話してくれました。

(一番左が高橋さん 現地入りでの一枚)
 
 

「ある意味で、行けなかったからこそできたものがあると思いました。プロジェクトを行った方が伝えられたかもしれないけれど、東京からのアクションも特殊で良かったのかもと考えるようになりました。東京からアクションを起こすことで、本当に町のことを考えてくれているんだな、と思ってくれる人もいると思います。もしかしたら、こんなに考えてくれているのであれば、と関わったことのない人たちが関わってくれるようになるかもしれませんよね。」

「今できることを、一瞬一瞬全力で取り組みたい。」

「中止になる前日にプレミーティングを行っていたので、いよいよここからだ、という気持ちをどこに向けたら良いのか分からなかったです。11月から行ってきたスタッフの活動は無駄ではないよな、大丈夫だよな、と何度も自分に問いかけていました。」
 中止に対して、最初は戸惑いを感じていたと話してくれたのは、長洞地区で初めてスタッフとして活動を始めた雨夜玲美さん。雨夜さんも、小袖地区の参加者としてCMSPに参加したのがSETとの出会いでした。そこから長洞のスタッフとして活動していく中で、たくさん悩みながらも前を向こうとしていた時に中止が伝えられたそうです。
 中止を聞いた後は何も考えられなかったという雨夜さん。雨夜さんに気持ちの変化が現われたのは、現地メンバーと話したことがきっかけでした。

(1番左下が雨夜さん スタッフの仲間との1枚)

「現地にいるSETメンバーと話した時に、町の人のためにという想いで活動しても、今回は逆に町の人を危険にさらしてしまうことを理解しました。明日が来ることは当たり前じゃない、一瞬一瞬全力で取り組もうとその時に思いましたね。自分の中でどうしていけば良いのだろう、と考えたときに、自分を成長させてくれたSETのために動きたいと感じました。
 そこからはチームの人に声をかけることから始めて、アクションプランに取り組みました。町の人から、大学生が作ってくれるものならなんでも嬉しい、という言葉が聞けたときはとても嬉しかったです。これからも町のために何か行動を起こしたいと思いました。」

広田でなくても、広田の人を想って大学生たちがアクションを起こしたこと、それほど大学生が広田の町と人が好きだということ、遠くに住む大学生たちに想われるほど広田の町と人が素敵であることが全国に伝わってほしいと思います。
そして、町と大学生とのこれまで作ってきた関係が続くよう、また、よりよい関係で共に歩んでいけるよう、これからもSETメンバーそれぞれのかかわり方で活動していきます。
今までの活動に対するご理解とご協力に感謝いたします。これからもご理解、ご協力よろしくお願いいたします!

執筆者:髙橋亜実(はしかけメンバー、CMSP53期小袖参加者)
    吉本海聖(はしかけメンバー、CMSP46期中沢浜参加者)

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