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書評ブログ vol.29「子供のいない女性の生き方 」を読んで
無類の本好きのわたし。どうせなら読んだままにせず思いっきり主観の入った書評を書いてみたいと思い立ちました。この記事がきっかけとなり、実際に読んでくださる方がいたらとても嬉しいです。
≪読み終わった本≫
『子供のいない女性の生き方 』 くどうみやこ
私たち夫婦には子供がいません。赤ちゃんがやってきてくれたこともありましたが、姿を見せてくれることもなく親になることはかないませんでした。
いっときは「もしかしたら今月は…」と期待に湧き、すぐに悲しみに暮れることを毎月毎月繰り返すこともありましたが、ある時から夫婦二人で仲良く暮らしていればいいじゃないかと気持ちを切り替えることができました。
子供のことについてもう私の中では気持ちが落ち着いていると、平気だと思ってはいたのですが、つい先日、知り合いの方に赤ちゃんが生まれたことを知ると「ザワザワ」とした気持ちがわいてきた自分に驚いたことがあったのです。
この歳になっても…。多分、これから先も思いがけないタイミングでこのように思うことはあるのだと思います。いまは「子供」がいないということに。そしてもっと歳を重ねれば「孫」がいないということに、心がザワザワとすることからは逃れられないのだと思います。だけど、これはあくまでも私の意見なのですが、子供を授からなかったからといってそれをマイナスにとらえるのは自分の人生に対して物凄く失礼なことなんではないかと思います。子を持つ人から見たら子のいない人は ”自分のために使える時間やお金があって羨ましい” とか、”子供がいないなんて寂しくない?” などと思われると思うのですが、それはおっしゃる通りではありますが、子供がいてもいなくても両方の立場からすれば「ないものねだり」なのかもしれません。
実は、私はずっと心のどこかで、自分は子育てをしたことがないから精神的に成長していない部分があるのかも。という思いをかかえていました。なので、今回、この本の著者である、くどうみやこさんの前作、「誰も教えてくれなかった 子どものいない人生の歩き方」を読んでいたので、続編として刊行された「生き方」編をとても興味深く読みました。
今回は、「グランマダネ」と呼ばれる、子供のいない女性の生き方のロールモデルが登場します。子供がいない女性がどのようにして悲しみを乗り越え、そしてどんな年の重ね方をしたのか。その方々のメッセージを少しご紹介すると…。
夫が亡くなれば自分一人。そういうときに支えてくれるのは、自分を生かせる活動。仕事でも趣味でも何でも、人とかかわり、人の助けになるようなことをすると心の支えになります。
子供がいないということを生かして、自分の支えになるような活動を焦らずに見つける。
本の中で特に大事にしたい言葉がありました。
艱難汝を玉にす
(読み方)かんなんなんじをたまにす
人は多くの苦しみや困難を経て初めて立派な人間となる。という意味だそうです。辛い出来事があると人はその経験した意味を考えるそうです。そしてやがてつらい気持ちを乗り越え、前向きになる。
なので、文中にもありましたが、子供を持てなかったと嘆くのでなく、子供を育てるエネルギーと母性を誰かのために使いなさいということかもしれません。
ジェネラティビティ
精神分析学者 エリクソンが作った言葉で、次世代の支援や育成に積極的にかかわろうとすることだそうですが、子を次世代に残すことはできなかったけれど、私にもこれまでに経験したこと、学んだことを次の世代に伝えていくことは何かあるかもしれない。そういう意識を持ちながらこの一年を過ごしてみようと思いました。
最後に、くどうさんの言葉でとてもお気に入りの一文をご紹介して終わりたいと思います。
自分は大器晩成型で、人生の後半戦にはよいことがたくさん起こるに違いないといつも自分に言い聞かせています。(途中省略)ただぼんやりと過ごしているだけではよい出来事は起こりません。目標に向けて頑張る、努力を重ねる、人のために行動するといった小さな積み重ねや徳を積むことで、よい出来事が舞い込みます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!