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品品喫茶譚 第110回『横浜 野毛 カミン』

最初に言っておくが、カミンとは「come in」つまり、カムインの略である。カムイン、カムウィン、カミウィン、カミイイインといった具合で段々と変わっていった結果、最終的にカミンとなる。
私がなぜ野毛にいるのか、ということはあとに置いておき、私はその日一日を横浜は桜木町、野毛あたりで過ごした。とはいえ、遊び回っていたわけではなく、わざわざインターネットを駆使し、桜木町のリハスタを探し当て、しっかりと練習していたのである。のみならず、ライブの数日前に、集客に最後の追い込みをかけるべく、リハスタ「セーラースタジオ」からインスタライブまでかましたのだ。
はっきり言って、私はみなとみらいの辺りが大好きである。あの辺りには幼少の頃から淡い思い出しかなく、いまもそれは変わらない。さらには去年、ライブで野毛の辺りに泊まった際、いままでは港側しか知らなかった街の反対側、いわゆる野毛の飲み屋街のほうに喫茶店を何軒か見つけたりし、より街が好きになっている。
だから何もタバコ臭く陰気な地下室に引きこもってギターを弾きまくり、何が悲しいのか、わーわー、大声で自ら作った歌をとちりながら何度も練習し、ややすらすらと歌える頃には、喉がイガイガして、心底疲れ切っている、といったような哀しき所業を自らに課したくはないのである。
へらへら昼間から酒を飲んだり、アイス珈琲をちゅーちゅー啜ったりしながら、文庫本の一冊でもひねくり回していたいところなのだ。
しかし私は歌うたい。
スタジオに行かねばならぬ。

という状況のなかで一軒だけ寄れたのが、カミンであった。
カミンは大通りに面した入りやすい店で、私が訪うた際にはすでにランチタイムを少し過ぎた辺り、いわゆるいっときの凪といった風情。
金髪の若いカップルとじいさんの二組しか店内にはいなかった。
若いカップルは若者らしい溌剌とした会話を主に男のほうが積極的にし、女性は優しく相槌を打っていた。
じいさんは店の女性に
「これ、店の競馬新聞じゃないね?」
「あ、よく気づきましたね。お客さんが置いていったやつなんです」
みたいな会話があり、テレビでも競馬がかかっていた。
もはや誰もランチを食べていないのに、ランチみたいなものを注文する。それがどこかちぐはぐな店内の雰囲気にマッチしている気がした。
あまり片意地をはらずに入れるいい店だ。

一度、宿に入り、夕刻、日ノ出町にむかう。シャノアールという店に今度共演する森島慎之助君のレコ発を観に行ったのである。
一組目の井上園子さんはギターが非常にうまく歌声も多彩で面白かった。
二組目は三輪二郎さん。数年ぶりにお会いする。さすがのライブ運びで、懐かしくまた頼もしかった。
この時点で私はカウンターにもたれ、ハイボールを数杯あおりくさっており、かなり気持ちよかった。
最後の森島君はお二人に触発されたのか、むっさ声が出ていた。芸風的に声が出るのがいいことなのか分からなかったが、ちょっと前に観たワンマンより気持ちが入っていた気がしてやはり頼もしかった。
頼もしいシンガーたちを観たのに、ふらつき頼りない歩みで宿に戻る。
次の日もスタジオに入ることになっている。
私が愛する街、三軒茶屋のスタジオだ。
いつもと同じ歌を歌う。
しかしそれは街の空気に溶けて、その街だけの歌になる。
と、良いねえ!

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